「人魚の涙」リトル・マーメイド かぜさんの映画レビュー(感想・評価)
人魚の涙
映画の冒頭にアンデルセンの原作の一節が出てくる。それは人魚の涙について語られる。青空文庫の電子書籍を紐解いてみた。「人魚のお姫さまには、涙なみだというものがありません。涙がないだけに、もっと苦しい、つらい思いをしなければなりませんでした。」何とも切ない、素敵な文章ではないか。そこで、あることを思い出した。数年前に亡くなったアンナ・カリーナと、その後を追うように安楽死を選んだジャン・リュック・ゴダールの事だ。私はゴダールがカリーナに恋して彼女を主演にした一連の映画作品が大好きだ。山田宏一氏の著作でゴダールとカリーナの馴れ初めのエピソードを知ってますます好きになった。それは、ゴダールとあらぬ噂を立てられたカリーナが涙ながらに訴えてきた時にゴダールが薔薇の花束を抱えて、ベルギー出身の彼女に「アンデルセンの国で生まれた女の子は涙など流してはいけないよ」と口説いたエピソードだ。この一言でアンナ・カリーナは恋に落ちたとか。ゴダールは人魚姫の一節を引用したのではないか?こんな出だしから始まる実写版のリトル・マーメイドは、ヒロインの選定の是非から始まって何とも低評価なのだが、まだディズニーの亡き後の低迷期からようやく脱け出そうとした時期に作られた、まだその後の美女と野獣にまで到達していないラフな水準のオリジナルよりも、遥かに上質な仕上がりの映画だったと思う。特にオリジナルは、海中の場面のアニメーションのレベルは、その半世紀前に作られたピノキオのそれの方が遥かに優れているし、ヒロインの表情の細かい描写もシンデレラの水準には遠く及ばない。今回の実写版は、おそらく低予算でそこまで出来なかったオリジナルを非常に高いレベルで丁寧に作り直していると思う。ヒロインの存在も自分はそんなに不自然な印象は受けなかった。数ある実写版のリメイクでこれは成功した方ではないかと思う。