劇場公開日 2023年2月23日

「ある少年を探して」エンパイア・オブ・ライト つとみさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ある少年を探して

2023年11月29日
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鑑賞方法:映画館

映画を観終わってすぐの、正直な気持ちは「困惑」である。わかり易く言うと「思ってたのと全然違った」。思い返してみれば、劇場で予告を初めて見たときも「思ってたのと全然違うなぁ」だった。
「思ってたのと違う」を同じ映画で2回も繰り出してくるあたり、一筋縄ではいかない。
速報段階では、「サム・メンデスの新作」とシーンの絵面しかわからず、サスペンスかな?くらいに思っていた。
予告を観たら、なんかヒューマンドラマっぽいぞ?となって、その段階でも海辺の小さな映画館で、経営を立て直したり、新人スタッフが成長していったりが描かれるものとばかり思ってた。
で、蓋を開けてみると、どちらかと言えばラブロマンスなのである!もうね、困惑するのは仕方ないよね。
困惑したまま、思うままに書くので、いつもよりまとまりがなくなるな、と思うがご容赦願いたい。

みんなのリゾート地は私の現実

リゾート地、それは日常を忘れて楽しむ場所。仕事や家事や現実のアレコレを吹っ飛ばし、一瞬訪れる「誰でもないわたし」を満喫し、思いっきり羽根を伸ばし、楽しいことだけに浸る楽園。
イギリス南部の街マーゲイトは、日本で言うと九十九里浜とか湘南辺りだろうか。都心からでも気軽に行けちゃうビーチ。
海に来たのに映画館には行かないだろうな、と思う一方で、海に来たけどイイ感じに重厚で美しい劇場が「ブルース・ブラザーズ」なんかやってたら、休憩がてら観ちゃうかもしれない。
そんな中にあって、劇場で働く人々にとってはこの地こそ現実。はしゃいだポップコーンの後片付けや、海とは逆サイドのぽっかり空いた屋外階段、今は鳩の楽園と化したピアノのあるレストランなど、「ハレ」があるからこそ「寂び」が美しい。
美しい寂びもあり、現実もそんなに捨てたもんじゃないけど、イキった若者に絡まれたり、イキったおっさんに絡まれたり、やっぱり現実とは世知辛い部分も多分に持っている。美しいものに囲まれているからこそ、辛い部分が強烈に襲ってくる。

シーン毎の光と影のバランス感覚

明るさと暗さが同居する劇場を象徴に頂き、人生の光と闇を公平に描いている今作は、その切り取り方に職人芸を感じる。
太陽の光がたっぷり降り注ぐビーチサイド、漆黒の夜空に打ち上げては散っていく花火の光、映写機の中で力強く光るアーク放電。
登場人物たちが明かりを点けたり、消したり、外の光を閉ざしたりするシーンもかなり多く、映画全体のバランスと心の動きを演出する上で、光はかなり重要な役目を担っている。

欠けているピース

1980年代初頭のイギリス、当時の政治の流れ、今日まで残る人種差別、雇用問題、精神的な疾患と治療の難しさ、社会とは逆ベクトルに進歩していく新しい音楽。
サム・メンデス監督のインタビューによれば、彼は当時16歳、彼の人生に大きな影響を与えた年代だという。また、オリヴィア・コールマン演じるヒラリーは監督の母がモデルであるとも。
そこから察するに、「自分の人生の苦味」である母との思い出を形にする中で、監督は母を幸せにしてあげたかったのではないだろうか。
もう一つの「苦い思い出」である、差別や分断の流れを、今と対比しながら連続させることで、現実の持つ世知辛さを何とかしたかったんじゃないだろうか。
そのどちらにも欠けているもの、それは少年サム・メンデスである。彼はこの映画に出てこない。多分ビーチサイドの歩道を歩いたり、街のどこかで買い物をしたり、あるいはいつか劇場で映画を観ていたりするかもしれないが、その少年は一度たりともスクリーンに登場することはないのだ。
もし、ヒラリーに息子がいたら、この映画はどうなっていただろうか?息子の眼差しは我々に何を訴えただろうか?
母の恋を応援したり、少し年上の青年と友情を育んだり、映画を観て感動したり、そんな少年がいても良かったんじゃないかなと思う。

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つとみ