「傷ついた鳩の居る場所」エンパイア・オブ・ライト Uさんさんの映画レビュー(感想・評価)
傷ついた鳩の居る場所
◉静かで温かい廃墟があった
やや寂れたエンパイア劇場の上階に、使われなくなって廃れた二つのシアターがある。微かな光が漂う不思議な廃墟。ここでヒラリー(オリヴィア・コールマン)とスティーヴン(マイケル・クォード)は、傷ついた鳩と新年の花火をきっかけに心を通い合わせるようになる。
この二つのシアターは、忘れたようでもずっと人の心にあり続ける、温かい暗がりを表しているように、私は感じました。ヒラリーが「根がなくならなければ大丈夫」と囁いた「根」の場所。独りになって閉じこもるための寂しい場所かも知れないけれど、優しさにも満ちている。そこならば、羽を傷めた鳩もやがて立ち直ることができる。
強張った感じもする黒人の青年を演じたマイケル・クォードが、さも当たり前のような顔で鳩をタオルで包んだのが、とてもカッコ良かった。
◉待っていてくれる人たちもいる
屈託なく振る舞うスティーヴンと、スティーヴンへの愛で屈託を忘れるヒラリー。しかし話が進めば、スティーヴンの中にある濃い翳りと、ヒラリーにいつまでもまとわり付く、様々な鬱屈に気づく。正体は知り得ない、複雑骨折のような鬱屈。
男の女に対する蹂躙や、時代を背景とした白人の黒人に向ける強烈な差別が、彼らを押し込めていた。
スティーヴンは白人社会の重たさに望みを諦め、ヒラリーは若い青年との恋愛の深まりにつれて、やはり不安に苛まれるようになる。しかしスティーヴンは、「自分の大切なことは絶対に自分で決めるのよ」と呟いたヒラリーの言葉を身体に染み込ませて、生きていこうとする。
他者には的確な言葉を向けるのに、自らを導くことは出来ないヒラリー。詩の言葉の力で、人の生を鼓舞するものの力尽きて、心が荒廃してしまう。
そんな彼女をじっと待っていてくれたのは映画館のスタッフだったと言う、一つの帰結。復帰サプライズのシーンは、待っていてくれる人がいることは、これほどうれしいのだと言うことを、鮮やかな映像として見せてくれたと思います。ニール(トム・ブルック)は、身近なチームに是非、居て欲しい一人です 笑
それにしてもオリヴィア・コールマンが上昇と下降を思いっきり体現して、ある時は刃のように、ある時は深い嘆きのように、詩を詠じたり、言葉を吐く姿には喝采しかなかったです。力を全開するのではなくて、抑制した、抑制されたように見えたのが迫力でした。皆、傷みながらやっと生きている!
ただ正直なところ、二人の恋の深まりは、もう少し間接的に描いて欲しかったかなと思います。街からの微かな光を背景にした、二人の営みのシーンは本当に必要な一コマだったのか、分からないです。海辺を真っ裸で走るシーンがワクワクしたのと、対照的だった。
◉大量の光が降り注いだ
それにしても全篇を通して、暗い所から見つめる光の美しかったこと! 映画館が舞台ゆえ、光と闇のコントラストが強調されたのは、至極、至極、当然だとは思いますが、大切と思えるシーンでは必ず手前に暗がりがあった。夜空に散る花火、遠くで揺れる海の光と街の煌めき、室内を淡く照らし出す朝焼けと黄昏……
私たちは暗がりと言う現実に居て、近く遠くに、光り輝く夢を見ながら生きている。
スティーヴンは、ノーマン(トビー・ジョーンズ)の教えも受けながら、映画の力を得て先へ歩み出すきっかけをつかむ。トビー・ジョーンズが、気難しげなのに、心の熱が漏れっぱなしの職人を見事に表していたと思います。
しかし、前を向いていれば希望の光が射しているのに気づくこともあるけれど、光は屈折もするし、見たくないものも見せてしまう。瑞々しい若木から漏れる日の光が、二人のラストシーンに降りかかる。
スティーヴンにとっては、新しい旅立ちが別れに繋がる。ヒラリーはこの先定かではない道のりながら、「根」の場所で生きていく。悲しくも、心静かに前を向いていられる、二つ目の帰結。
コメントありがとうございます。
(いつも褒めて下さって励まされます)
Uさんのレビューは文章が美しくて語彙が豊富ですね。
いつも数回読み返してしまいます。
現実には20歳位の黒人青年と40歳過ぎの中年女性の恋愛。
オリヴィア・コールマンの表現力・・・
心の病気なのに勇敢で強さもあって。
監督がキャスティングしたのは正解でしたね。