劇場公開日 2023年2月23日

「黒人青年と白人年増女の恋には、越えるべき壁が。しかし全体的に温かみのある映像と、希望を膨らませる結末にこころがほっこりする作品です。に」エンパイア・オブ・ライト 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0黒人青年と白人年増女の恋には、越えるべき壁が。しかし全体的に温かみのある映像と、希望を膨らませる結末にこころがほっこりする作品です。に

2023年2月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 近年は「007」シリーズなどの大作に携わってきたサム・メンデス監督が、コロナ禍のさなかに構想したヒューマンドラマ。彼自身が青春期を過ごした1980年代初頭を背景に、海辺の映画館で働く男女の人間模様を綴った作品が本作です。

 ここのところ、映画館や映画作りにまつわる作品の公開が続いています。インドが舞台の「エンドロールのつづき」(公開中)、スティーブン・スピルバーグ監督「フェイブルマンズ」(3月3日公開)、そして本作。コロナ禍で映画館の衰退、映画の危機が叫ばれた影響なのでしょうか。ただし、他の2作がいかにも映画ファン的だったのに比べ、本作はより社会性が際立っています。映画にまつわる映画はすこぶる多いなかで、英国の映画館を舞台にしたこの作品は上出来の部類に入ることでしょう。さすが「アメリカン・ビューティー」で第72回アカデミー賞の作品賞を受賞したメンデス監督ならではです。

 1980年代初頭、英国の海辺の町にある歴史を感じさせる映画館「エンパイア劇場」は、支配人のエリス氏で(コリン・ファース)と、マネジャーのヒラリー(オリヴィア・コールマン)や映写技師のノーマン(トビー・ジョーンズ)のほか数名のスタッフによって運営されていました。
 ヒラリーは、かつて心を病んだこともあり、感情をあまり外に出せませんでした。加えて身勝手な支配人のセクハラにも耐えていたのです。心を病むヒラリーを支えるのは仲間の従業員たち。そこに新たにスタッフに加わった黒人の青年、スティーヴン(マイケル・ウォード)とは、挫折経験のある者同士として互いに引かれ合っていきます。
 スティーヴンは、黒人にまつわる様々な差別に屈して、すっかりある夢の実現を諦めていました。けれども人種も年齢差も越えたふたりが恋に堕ちていくなかで、ヒラリーの欝屈した日常が代わりだし、またスティーヴンも諦めていた夢に再び向かっていくことを決意するのでした。

 見かけはメロドラマ風ですが、黒人と白人でしかも女性のほうが30歳くらい年上という世間から白い目で見られてしまうカップルの誕生。でも物語を見ていく内に、そんな人種や年齢の違いが全く気にならなくなりました。
 なので全体を包む印象はとても温かいのです。名手ロジャー・ディーキンスの撮影の効果もあると思います。でもなにより、映画館という空間への格別な思いが、全てを融和させる効果を生んでいるのだと思います。「エンドロールのつづき」のラストシーンでも描かれたように、映画館はどんな人も受け入れ、笑わせ泣かせ、いっとき時間を共有させる「光の帝国」なのだということです。映画愛を、劇場従業員たちの 疑似家族めいた睦まじさに象徴させていることも功を奏していると思います。

 しかし本作はスティーヴンが受ける人種的な差別もしっかり描かれています。サッチャー政権下である。高い失業率、移民排斥、人種差別、暴動。スキンヘッドのバイクの大行進が劇場を揺らすのです。極めつけは、黒人排斥の若者たちが暴動を起こし、劇場を襲撃。スティーヴンが重症を負わされてしまうのです。おまけに暴動に怖じ気づいたヒラリーは、スティーヴンの見舞いにも怖くて近づけなくなってしまうことに。
 スティーヴンは、母も自分も、そして自分の子供たちもみんな差別で苦しみ続けるのかと嘆き悲しむのでした。

 これらは実際に英国育ちのメンデス監督が若い頃、身近に感じていた問題だそうです。そして一方、監督は自分の母親が周期的に精神に混乱をきたすのを見て育ったというのです。その母の面影が、ヒラリーに重ねられているのでしょう。差別と病に関わる描写が切実なのも当然だと思います。

 ところで本作でもう一つの主役といえそうなのが、エンパイア劇場という巨大な舞台装置です。アールデコ調の内装が厳かな歴史を感じさせる一方、静かに朽ちかけているこの映画館には、廃虚のような立ち入り禁止の場所があったのです。そのひそやかな空間で主人公らが心を通わす描写が素晴らしいのです。ぜひご期待ください。

流山の小地蔵