劇場公開日 2023年1月27日

「一言で言うとツンデレの「おっさんずラブ」かな」イニシェリン島の精霊 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0一言で言うとツンデレの「おっさんずラブ」かな

2023年2月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

ちょうど100年前、1923年のアイルランドの架空の孤島・イニシェリン島を舞台にした映画でした。対岸にあるアイルランド本島では内戦が行われているという話が出て来ますが、映画の本筋と戦争は直接的な関係はなく、大砲の音は聞こえてきますが、戦闘シーンなどは全くありません。ただ、当時のアイルランドの状況はどういうものだったのか、本作の背景を知るために少しアイルランドの歴史を調べてみました。

アイルランドは、12世紀頃にイングランド王国の植民地支配を受けることとなり、1801年にはグレートブリテン王国が併合し、「グレートブリテン及びアイルランド連合王国(イギリス)」の一部となりました。しかし20世紀に入ると民族主義者が独立運動を展開し、第1次世界大戦中の1916年にはイースター蜂起が勃発。これはイギリス軍に鎮圧されたものの、第1次世界大戦後の1919年にイギリスとの間で独立戦争に発展し、1921年に終結。イギリスとの間で英愛条約が締結され、今のアイルランドの領土が「アイルランド自由国」となりました。しかし多くの民族主義者が求めた共和国としての完全な独立ではなく、イギリス国王を元首とするイギリス帝国の自治領という形での船出でした。昨年見たケネス・ブラナー監督の「ベルファスト」は、今でもイギリス領である北アイルランドを舞台にした話でしたが、この条約の結果、北アイルランドはイギリスに留まることとなり、その後「ベルファスト」でも描かれることとなる北アイルランド紛争に発展していくことになったようです。

本作の舞台は1923年ですから、ちょうど「アイルランド自由国」が誕生した直後のことということになります。一応自治権は認められることになったものの、共和国建国という目標が達成できなかったことから、新設された自由国政府と独立派であるアイルランド共和軍の間で内戦に発展することになったようで、これが本作で大砲の音だけ登場する内戦のようです。
因みに現在のアイルランド共和国が成立し、名実ともに完全な独立国となったのは、本作の舞台の14年後の1937年のこととなります。

長々とアイルランド建国の歴史を見てきましたが、こうした背景を知ると、フィクションである本作にも息吹が吹き込まれたように感じられるのが不思議なところですね。

ようやく肝心の内容に入りますが、第1次世界大戦、そして独立戦争、さらには内戦と、アイルランド的には硝煙の臭いが漂い続ける戦乱の時代を背景にした作品でしたが、一言で言うとツンデレの「おっさんずラブ」的な映画だったと言ったら怒られるでしょうか。
コリン・ファレル演ずる主人公・パードリックは、もう一人の主人公である親友のコルムに突然絶交されるところから物語は始まります。理由の分からないパードリックは困惑し、妹のシボーンや隣人・ドミニクを巻き込んで関係修復を試みるも失敗。それどころか、コルムはこれ以上自分に関わったら、「自分の指を切り落とす」と言い出す始末。
パードリックは、前半から中盤にかけて、困惑で眉毛を八の字にしっぱなしだったのがとても印象的。コリン・ファレルという俳優が、元々こういう顔だったのかと思いましたが、普段の写真を見ると全然そんなことはないので、そういう演技だったんですね。当たり前か。。。

そしてツンデレの「おっさんずラブ」というのは、絶交宣言をした後も、警官に殴られてぶっ倒れたパードリックをコルムが助けるなど、優しさを見せるところ。そうなるとパードリック側もコルムに対する愛情は一層燃え上がるばかり。仕舞いには、唯一の肉親でありパードリックの庇護者でもあった妹のシボーンが本島に渡ってしまい、兄も一緒に行こうと誘うのに、コルムの居るイニシェリン島に残る決断をするパードリック。でも最後は吹っ切れて、トレードマークだった八の字眉毛が消えたパードリックは、コルムの行動が原因で死んでしまったロバの仇を討つ決意をする。

まあざっとこういうストーリーでしたが、題名に「精霊」という言葉があり、魔女みたいな婆さんが序盤から登場するので、もっとオカルトチックな話なのかと思いましたが、実際「おっさんずラブ」だったので、意外な展開に驚きました。面白いと思ったのは、日本で言えば幕末から明治維新の激動の時代にあって、攘夷だの尊王だのと国を挙げて大騒ぎしている時に、いい歳をしたおっさん同士が、ド田舎で絶交だの指を切るだのと言い合っている訳で、俯瞰してみるとかなりユーモラスな絵ではないかと感じました。

なお、監督のマーティン・マクドナーはじめ、主演のコリン・ファレル、ブレンダン・グリーンソンらは、全てアイルランド出身者で固められており、祖国の激動の時代にこうした物語を作った動機というのは、どいう言うものだったのか、またアイルランドの人々が、本作に対してどういう受け止めをしたのか、その辺りも興味深いところですね。

本作は今年のアカデミー賞の有力候補とも言われてますが、果たしてどんな結果になるのか、こちらも興味が尽きないところです。

そんな訳で、アイルランドの歴史も勉強させてくれた本作の評価は★4としました。

鶏
琥珀糖さんのコメント
2024年2月27日

今晩は、
お邪魔します。
勉強になりました。
生まれた土地、風土ということが大きいですね。
(明治維新位の時代・・・)
忘れられない映画です。
私はヨルゴス・ランティモス監督より、納得出来る気がします。

琥珀糖