「権威の脆弱性とキャンセルカルチャーの虚無性をバランス良く描いた秀逸サスペンスドラマ。」TAR ター Y.タッカーさんの映画レビュー(感想・評価)
権威の脆弱性とキャンセルカルチャーの虚無性をバランス良く描いた秀逸サスペンスドラマ。
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冒頭からいきなり延々とスタッフロールが流れ意表をつかれるが、その後は静かに著名な指揮者リディア・ターの日常が淡々と丁寧に描かれる。彼女の日常が徐々に壊れていく中盤辺りからは、カフカの様な不条理な世界観も忍ばせつつ、後半の決定的事件からは一気に凋落へと流転していく。ドライな感覚が終始あってサスペンスドラマとして構成が非常に秀逸。
昨今あらゆる業界で跋扈するキャンセルカルチャーを、ポップスやジャズなどと違い、個性の違いが事程左様に分かり難い特異なクラシック界で描いて見せたのが巧い。映画と違いまだまだ女性指揮者というマイノリティなキャラクター設定も、このテーマを描くにあたって上手く作用しているように思う。
印象操作で容易に真実を歪曲出来てしまう現代において、リディア自身の人間性に多少の問題があったとしても、彼女の様なクラシック界にとって財産とも言える情熱的な才人が埋没してしまう悲劇は、非常に考えさせられる。それでも表現する事を辞めなかったリディアのたどり着くラストは、決してバットエンディングではないなと個人的には受け取った。
自信満々のキャリアの謳歌から、強迫観念に駆られ次第に憔悴していくリディアを、ケイト・ブランシェットは仔細に説得力たっぷりにさすがの成りきり演技で見せ、この作品の軸となっている。見終わった後も悶々と考えさせらる逸品。
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