「創作活動の苦しみと哀しみ」TAR ター penさんの映画レビュー(感想・評価)
創作活動の苦しみと哀しみ
指揮者というのは音楽の感動を身振り手振りで大げさに表現するだけの人達で、別に指揮者がいなくとも演奏は成り立つのではないか・・・・等の不埒な誤解を中学生のころは思っていましたが、後で大きな誤りであることがわかり、深く頭を垂れた記憶があります。
自分の持つ音のイメージとの小さな違いを見過ごさず、それを自分のイメージに近づけるために取るコミュニケーション手段は、デジタルでシュミレーションされた合成音などではなく、指揮者の口から発せられる音のイメージを表す形容詞と発声の緩急、そして全身の動き。作曲者のイメージから惹起された指揮者のイメージ。そしてそれがが楽団員のイメージと一致した瞬間に、一つの音が創造され、それが全体の大河となって響きだす。その創作の過程はまさに神がかり的で、その神がかり的な創作の瞬間を、同時に神がかり的なケイトブランシェットが演じきっていて、鳥肌が立ちました。
妥協は許されない世界。でも、それ故にその人格には不可避的に、不要なものは切って棄てる、暴君的な攻撃性を帯びることとなります。そしてその攻撃性はやがて、自分の生きる支えとなっているものとの矛盾を抱えるようになり、そしてそれが・・・・という物語。その矛盾が彼女の人格を徐々にむしばんでゆく光景は、一部タスコフスキーやヒッチコックの作品を連想させる演出で息をのみました。
カラヤンにインスパイヤされた脚本のようですが、カラヤンにはこの映画のような結末はなかったようなので、創作でしょう。でもプライベートジェットを利用するところとか愛車(多分ポルシェ)を乗り回すところなど共通点は多いようで、創作活動のもつ一種破壊的な側面の真実と哀しみがよく抽出されているように思いました。
マーラー、エルガーなどの作品の練習風景、バッハを題材とした講義風景は圧巻で、音も素晴らしく、その音楽と物語が渾然一体となって、身体の芯を射貫かれたような印象で、いくつかのシーンでは涙が出てきました。クラシック音楽好きでなくとも楽しめると思いますが、クラシック音楽好きは多分外せない作品と思いました。そしてできることなら是非劇場で。