劇場公開日 2023年5月12日

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「愛と感覚、"マエストロ"の研ぎ澄まされたそれらから感じる今の世界の生きにくさ」TAR ター とぽとぽさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0愛と感覚、"マエストロ"の研ぎ澄まされたそれらから感じる今の世界の生きにくさ

2023年5月12日
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"時" Time is the thing.
作品前半の圧倒的長回しと長台詞。その中で彼女は言う、"右手の秒針で時を止める"のだと。そしてこうも言う、"指揮者は自我も捨てて、作曲家に全て捧げる"と。となると、止めることができない、自分の思い通りにできない"音"=自我の表れか。"医者の不養生"じゃないけど、この世界で自分がコントロールできないものとしての表象。
そうした作品の導入部とそれ以降の変わっていく作り・語り口は、主人公ターの半生や輝かしいキャリアなどには冒頭で尺を割きながら、他のキャラクターやその関係性にはこれといった説明無く、この映画自体が始まるそれ以前から既にもう始まっており途中から語られ始めることを強く意識させられるようだった。

一時(いっとき)、一音、一ミリも退屈しないで、居心地の悪さを共有するように胃がキリキリムカムカとするように神経に障りながらも、どうなるのか気になって仕方ない。静かに時に激しく徐々に壊れていく心理サスペンス/ホラー…。女性、ドイツ、そして偉人たちの欠点や暗い一面。あるあかは何処かからする"音"の正体と、走るトンネル。SNSや下世話な週刊誌ゴシップとかスキャンダルに群がるロボットたちとルール。高みに到達したらあとは落ちるしかないのか?(決して楽しい夢ではないが)夢でも見ているように迷い込む。

怖いくらいに迫力と溢れんばかりの魅力カリスマ性がある彼女の一挙手一投足から目が離せない圧倒的ケイト・ブランシェット劇場!これは私のスコア!! 言葉の節や言い回しのニュアンス一つ取っても説得力がある彼女の佇まいはオーラありありだし、本当に鬼気迫るものがあった。真の高みを知る者の苦悩と周囲の雑音。
メンズライクなジャケット&パンツスタイルが安定に似合い過ぎな美しく惚れ惚れするほど格好良い我らがブランシェット姐さんだけど、やっぱりそんな彼女でさえ、男性と一切臆することなく頑と対峙したときに、"激怒した相手が襲って来ないか?"など見ていてヒヤヒヤとしている自分がいた。

それくらいどの画も緊張感があってとても良かった、というか凄かった。時に意表を突くようにキッレキレな編集然り。表面上の展開だけ掬い上げて文字に書き起こしたら、きっと既視感の覚えるようなものになっていくのだろうけど、実際見ているときはもっとこう感覚でやられる。今までの時代というか今日も、地位のある力の持った男性が女性を囲い込むことなんて(キモいけど)普通にあることだろうと皆受け入れているだろうに、それが女性となると叩かれるのか?男と置き換えて見てみる。
"マエストロ" マルチな=多才は好まれない今の時代?何もかも失って命を削って、自分が愛した表現とその理由に、言葉でなくもっと感覚=愛(を持って)で向き合うには、これだけの時間が必要だった。汚いくらい剥き出しに、あるいは上述したような世界の回り方を、キレイな部分だけじゃないところから見て気付くこと。ハッと目が覚めるような感覚。

RAT ON RAT

とぽとぽ