「全神経が研ぎ澄まされたブランシェットの演技に感服」TAR ター 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
全神経が研ぎ澄まされたブランシェットの演技に感服
異色の存在感を放つ映画だ。大きな感動が仰々しく押し寄せるわけではなく、ある意味、観客を少し突き放しながら、世界で注目を集める最高峰の指揮者の日常が淡々と描かれゆく。何よりもケイト・ブランシェットの立ち振る舞いを見ているだけで圧倒されるし、音楽家としてのカリスマ性をはじめ、演奏に入る際の鋭い目線の変化から指先一本の表現性に至るまで、”演じること”の執念と途方のなさには頭がクラクラするばかり。また、主人公が音楽界や集団内で発言力や権力を維持し続ける姿にも、静かなる力学作用を観察しているかのような興味深さがある。かくも足場が完璧に組み上げられているからこそ、キャリアに亀裂が生じてからの顛末がまた際立つ。運命とは偶然か必然か。彼女はどこでボタンを掛け違えたのか。相変わらず説明を排した流れゆえ解釈や受け取り方は観客それぞれ違うだろうが、ひとりの人間に関する人物研究として非常に見応えのある作品である。
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