「わたしたちのうつくしき「パイセン」」ブロンド おかずはるさめさんの映画レビュー(感想・評価)
わたしたちのうつくしき「パイセン」
NHKBS1で放送されていたフランス製作のドキュメンタリーによると、マリリン・モンローの生涯は以下のように語られると思う。
両親の不在で十分な教育が得られず、職業の選択肢がかなり限られていた。
そのため、自らの肢体を活かしてモデルからのし上がることを考えた。
要求を的確に理解しそれを実現するための努力を惜しまないモンローは、映画界の注意を引き、女優に転身。
チャンスを得るためには男性の歓心を得なければならないという理不尽と戦いつつ、過去のスターから演技の本質を学び続けたモンローは、徐々にファンが付き始める。
「品の無い」演技を評価しない20世紀フォックスの経営陣も、当代のセックスシンボルとしての地位を確立したモンローに屈せざるを得ず、ついには女優として最高の待遇を得る。
ここが人生のピーク。
男性の欲望を引き受ける女優から脱せないモンローはやがて人生に行き詰まることになる。
モンローが今も女性の支持を集めるのは、既成の男性優位社会と戦い続けたその強さと完璧に計算された性的魅力とを両立し続けたためである。
ポール・ヴァーホーベンが撮る最近の作品の主人公からモンローを感じるのもそのためかも。
彼女に励まされて戦い続けた後進の女性たちが、現在の映画界を導いた。
映画の主人公としてこれほどふさわしい人はいない。
本作はそういったモンローを描いているわけではない。
小説が映画の原作であるので、本作はいわゆる評伝映画ではない。
ほぼ24時間、隙間なく大衆の欲望を引き受ける「マリリン・モンロー」を演じなければならないノーマ・ジーンが、自身のアイデンティティを喪失(あるいは獲得することすらできない)し、人格が崩壊する様を描いたドラマだ。
古くは岡田有希子やチャールズ皇太子妃であったダイアナなど、大衆がどれだけ当代の偶像を追い詰めるかは、わたしたちは良く知っている。
その残虐性が、モノクロを基調として輪郭線が徐々に消失するといった美しい映像で描かれている。
アイデンティティを支えるのは、自身の理解に努力をおしまない家族である。
本作のモンローは、配偶者の無理解、母親の特殊な病気といった外在する条件に屈してしまい、幸福な家庭を形成する戦士にはなりえなかった。
男性社会という巨大な敵と戦い、スター女優の地位を守り続けた英傑も無敵ではなかった。
そういった人間の一類型を約160分の長尺で描いているので、見応えは十分。
死ぬ前にたっぷりとそして美しいこんな走馬灯を観たいと思わせる力作である。
ラストの切れ味がなかなかにお見事なので、長尺に怖じ気づくことなく見てほしい。