「自由奔放かと思いきや、意外にも堅実な作り」サンダーボルツ* 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
自由奔放かと思いきや、意外にも堅実な作り
《IMAXシアター》にて鑑賞
【イントロダクション】
アベンジャーズ不在の中、世界の危機に悪役やならず者といったワケアリメンバー「サンダーボルツ」が立ち向かう。
ブラック・ウィドウことナターシャの妹・エレーナに、『ミッドサマー』(2019)、『オッペンハイマー』(2023)のフローレンス・ピュー。物語の鍵を握る謎の人物・ボブに『トップガン/マーヴェリック』(2022)のルイス・プルマン。
監督は、Netflixドラマ『BEEF/ビーフ』(2023)のジェイク・シュライアー。脚本に『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017)、『ブラック・ウィドウ』(2021)のエリック・ピアソン。
【ストーリー】
マレーシア。姉であるナターシャをサノスとの戦いで喪い、虚無感を抱えて生きている妹のエレーナ(フローレンス・ピュー)は、CIA長官ヴァレンティーナ“ヴァル”(ジュリア・ルイス=ドレイファス)の命を受けて、彼女が過去にCEOを務めた軍事会社で行ってきた違法な人体実験による弾劾裁判から逃れる為、世界各地に存在する証拠となる資料や研究施設を破壊して回る仕事に就いていた。
ある日、エレーナは父親(の役目を演じていた)であるレッド・ガーディアンことアレクセイ(デビッド・ハーバー)を1年ぶりに訪ねる。アレクセイは、かつてロシアがキャプテン・アメリカに対抗する為に生み出した超人戦士であるにも拘らず、現在ではリムジンの運転手として生計を立てる冴えない日々を送っていた。
アレクセイと再会したエレーナは、もっと人前に立てる仕事(ヒーローとして活躍したい)をしたいと思い、次の任務を最後にしようと決意する。
一方、ヴァルは弾劾裁判にて無罪を主張。むしろ「アベンジャーズのいない世界」に対する危機感を訴える。そんな彼女を、下院議員となったバッキー・バーンズ(セバスチャン・スタン)は密かに調査していた。
エレーナはヴァルと最後の仕事の約束を取り付け、研究資料を狙う謎の刺客ゴースト(ハナ・ジョン=カーメン)を追って、僻地にある研究施設へやって来る。
施設に侵入した彼女を待ち受けていたのは、同じくヴァルの命を受けたU.S.エージェントことジョン・ウォーカー(ワイアット・ラッセル)、かつて共にレッドルームに所属していたタスクマスター(オルガ・キュリレンコ)、そしてゴーストだった。
ヴァルは、最後に自身の黒い経歴を知るエレーナ達“始末屋”も纏めて排除しようと、彼女達を騙して一ヶ所に集めたのだ。施設の焼却処理が開始されようとする中、エレーナ達はヴァルが進めていた“セントリー計画”の被験者の生き残りである謎の男・ボブ(ルイス・プルマン)と出会う。
エレーナ達の始末に失敗しつつも、自身が推し進めていた計画の被験者であるボブの生存を知ったヴァルは、計画の再開を画策し、かつてトニー・スタークが所有していたアベンジャーズ・タワーへと搬送する。
【感想】
ライバルであるDCコミックを意識してか、本作はマーベル版『スーサイド・スクワッド』といった作風。ただし、あちらとは違い本作の主要メンバーは極悪人という程の悪人は存在せず、ヴァレンティーナの言うように「負け犬」という風な、過去に傷のあるワケアリメンバーで揃えられている。
スタッフに独特なホラーやサスペンス作品を多く排出している気鋭スタジオ「A24」の製作に携わった経験のある人が多い事から、予告編でもA24作品を意識した予告が製作されたりと、マーケティングでも色々試行錯誤していた様子。
それにしても、予告編の上映は勿論、IMAX上映開始前のカウントダウンが特別仕様だったり、ポストクレジットでの布石だったりと、マーベルは7月25日公開予定の『ファンタスティック4/ファースト・ステップ』に余程の自信があるのだろうか。
来年公開予定の『アベンジャーズ:ドゥームズデイ』でヴィランとなる、ロバート・ダウニー・Jr演じるドクター・ドゥームが『ファンタスティック4』の登場人物だからというのもあるのだろうが。『ドゥームズデイ』をメインとするなら、『ファースト・ステップ』は下準備、本作は更にその下準備といった所か。
そう、本作に抱く1番の印象が、「下準備の下準備」というものだったのだ。
これまでのMCU作品には珍しく、本作は「メンタルヘルス」をテーマにした、傷付いた人々の再生を描いた話である。主人公にあたるエレーナは勿論、キーパーソンとなるボブ(ロバート)もまた、心に深い闇を抱えており、それがクライマックスでの“ヴォイド”発現に繋がる。スーパーパワーさえコントロール出来れば、アベンジャーズ全員のパワーに匹敵するほどのスーパーヒーロー“セントリー”になれる(まるでDCのスーパーマンのような)が、不安定な精神の陰には常にヴォイドが付き纏うのだ。
そんな悪人とは言いがたいヴィランを、暴力による制圧ではなく、対話と協力によって救うというアプローチは新鮮で良かった。思えば、今年の2月に公開された『ブレイブ・ニュー・ワールド』も、クライマックスではサムによるレッドハルクの説得で幕を閉じた。それはまるで、『インフィニティ・ウォー』(2018)と『エンドゲーム』(2019)でサノスの野望をアベンジャーズの面々が単なる暴力で捩じ伏せたように見える(一応、ヒーロー側は“自己犠牲”を選択して、サノスの“他者犠牲”と対になる行動は示してはいるが)という反省を踏まえているかのよう。
ただ、こうした後々活きてくるキャラクターの、あくまで本調子は先送りにしての御披露目というのも、やはり「下準備」感を強く印象付ける。
エレーナはアレクセイとの和解を経て精神の安定を取り戻し、仲間と共にボブをヴォイドの闇から救い出そうとする。
「1人で抱え込んだら、誰だって潰れる。吐き出していい。あなたは一人じゃない」
彼女が告げるこの台詞は、月並みではあるが、人が精神を病む前に思い出すべき大事なことである。
ただし、ボブがその過去に幼少期の父親の家庭内暴力や自身の薬物依存、自責の念といった重いものを抱えており、それ故に立ち直る事が困難であるのに対して、エレーナは些か立ち直りが早過ぎると感じた。ボブを救う彼女自身がまず救われるという描写が不足していたように思う。アレクセイとの蟠り、姉を喪った悲しみやレッドルームでのトラウマ、日陰者としての苦痛と、序盤から彼女の抱えている苦悩は断片的に語られてきた。問題なのは、そうしたあれこれをアレクセイとのただ一度の話し合いで解決してしまった点だ。あれでは、「父親に不満を打ち明けて軽く涙を流したらスッキリしました」程度にしか見えなかった。
描こうとしているテーマやその解決策は理解出来るし、MCUらしくないダークなテーマに踏み込んでいる意欲に好感が持てるだけに、何処か勿体無さを感じさせられた。
そんな本作で最もテンションが上がったのは、バラバラだった「サンダーボルツ」のメンバーが、人命救助の際に協力し合う姿だ。ヒーローらしい人命救助シーンに加え、仲間と協力して困難に立ち向かうという展開は、ヒーロー映画らしいカタルシスに満ちており素晴らしかった。
【暗いテーマに対して、全編に漂う軽いノリとギャグ】
主にアレクセイが担っていた役割だが、他のメンバーも要所要所でコミカルなやり取りを披露している。
割とクールキャラだったはずのバッキーでさえ、報道記者からのインタビューで何処ぞの政治家のような中身のないコメントをしたり、ピザを溢して汚れた左腕の義手を食洗機で洗ったりと、本作では茶目っ気たっぷり。バイクに乗って颯爽と駆け付ける姿は、まるで『ターミネーター2』(1991)のシュワちゃん。
ボブの事態を把握していない楽観的な姿、またボブを演じたルイス・プルマンが、『トップガン/マーヴェリック』で同じくボブという役を演じていたのも、たとえ偶然でも何処か悪ノリの印象を受ける。
「この緩さ・軽さがマーベル」と言えばそれまでなのだが、本作の現実的なテーマの前では、若干ノイズに感じられる場面もあった。
また、ギャグに落とし込むにしろ、違う描き方もあったのではないかと思う。例えば、エンドクレジット途中のシーンでアレクセイの念願叶ってシリアルの箱に印刷されたシーン。素直にファンに気付かれて写真やサインを求められ、その場ではクールに対応しつつも、ファンが去った後で思い切りはしゃぐ姿等でも良かったはずた。
サンダーボルツ改め“ニューアベンジャーズ”のメンバーは、エレーナとボブ以外は過去のトラウマに対する救いが用意されておらず、何となくの雰囲気でめでたしとされている印象があったので、せめてアレクセイくらいにはそうしたご褒美があっても良かったのではないだろうか。
【曲者だらけのチームメンバーに、優れたキャストが“アッセンブル”】
キャスト陣の熱演はどれも良かった。
その中でも、エレーナ役のフローレンス・ピューのハマりっぷりは頭ひとつ抜き出ていた。彼女のキャリアにおいても最高の役の一つになったのは間違いない。先のボブに倣って中の人ネタで言えば、今回はカルト宗教団体に組み込まれずに立ち直れて良かったねと言いたい。
実際に本人が飛んだという冒頭のマレーシアでの超高層ビルからのダイビングシーンも、アッサリながら印象的なシーンだった。
ルイス・プルマンの精神的に不安定なものを抱えているボブの演技、特に泳いだ目の演技が素晴らしく、セントリーとなって自信に溢れてサンダーボルツを圧倒するシーンとの対比が引き立っていた。
ヴァレンティーナ役のジュリア・ルイス=ドレイファスが見せる「転んでもタダでは起き上がらない」という狡猾さと強かさ、常に相手より優位に立とうとする姿勢には、ウォーカーやゴーストと同じく「殺すに一票」を投じたくなる。
そんな中でも、やはりタスクマスターの早々の退場は予想外だった。彼女の台詞はたった一言で、チームにすら参加していないのだ。
『ドゥームズデイ』に参戦するキャストの発表動画で、他の「サンダーボルツ」メンバーのキャスト発表はあったにも拘らず、タスクマスター役のオルガ・キュリレンコの名前だけ無い事から、公開前から一部ネットでは本作での死亡説が囁かれていたが、あそこまでの切り捨てぶりを予想した人は居ないのではないだろうか?何せ、ポスタービジュアルには他のメンバーと共に映る彼女の姿があったのだから。
【総評】
曲者メンバーのチーム結成秘話としては、まずまずの作品といったところ。しかし、予告編から受けた自由度の高そうな奔放ぶりを期待していた身としては、意外と小さく丁寧に纏まっていた事に若干の肩透かしを食らった。また、やはり今後へ向けた準備段階という印象が拭えなかった。
兎にも角にも、7月の『ファンタスティック4』は鑑賞必須となってしまったので、心待ちにしなければならない。マーベルの掌の上で踊らされている感じがして悔しいが、かつてのマーベル作品のようなワクワク感が戻って来た事は素直に嬉しい。
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