ドライビング・バニーのレビュー・感想・評価
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エッシー・デイビスの肝っ玉母ちゃんに男泣き👍
エッシー・デイビスの出演している映画はこのところ立て続けに公開されていて、ベィビーティース、トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング、ニトラムに続いて4本目でした。全部観ました。
でも、主演作は初めて。
ニュージーランド製作映画。
エッシー・デイビスはオーストラリアのタスマニア出身なので、高速道路のインターチェンジの舞台はオーストラリア?30年前にニュージーランドに行きましたが、オークランドを除けば羊だらけの国たった。こんな混んだインターチェンジあったかなぁ?時代はグローバルに変遷し、格差社会がニュージーランドにも及んだことはショック意外のなにものでもありません。
ニュージーランドのマオリ族と思われる親切な大家族家族も出てきたし、窓拭きの同僚のアフロヘアーのお兄ちゃんはちょっとムロツヨシ風だった。
面接を支援する貸衣装のお姉さんはLEGBT?面接の衣装をサポートしてくれるシステムは斬新で、正装した彼女に不動産会社のオジサンがつられるのはなかなかよいプロット。
ビニーがとっさに自己紹介する場面。
リジーじゃないよビニーでしょ
頭の回転早い。
そんな人が車の窓拭きやってんのが不思議なのですが、それには深い訳があって、そこがみそ。
マンションのキーの暗証番号を咄嗟に覚えて、トーニャのシェルターに活用。記憶力、運動神経抜群の40過ぎのオバサンの大活躍はとても気持ちがいい。
トーマシン・マッケンジーはニュージーランド出身で、ナイトシャラマンのオールドやジョジョラビットや戦前のロンドンのキャバレーを舞台にしたホラー映画ナイトインソーホーに主演している才媛。トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャングでもエッシー・デイビスと共演していました。
昔から、オーストラリアの女性は強過ぎるので、オーストラリアの男はゲイに走りがち。
ニュージーランドは昔から日本人女性がひとり旅に行って、現地で職を得たり、結婚することが多いので、東洋系の役所の女性も自然に感じられたけど、中国系。ニュージーランドがこんな殺伐とした世界になっているなんてショックでした。
作品中の挿入歌も好みの曲で、涙を誘う。
クソ継父の車のルーフを壊して、すわりしょんべんのアナーキーさがもう最高❗
こうゆうのを「激怒」と言うんだよ‼️
映画史に残る名場面に認定トライ。ニュージーランドはラグビー。オールブラックスだもんね。
エッシー・デイビス最高~👍
来週もう一回観ます。早々に予定入れました。また涙で睫毛をびちょびちょにしたい。
トーマシン・マッケンジー主演風の作りで、あかるいロードムービーを予想させるフライヤーやポスターの裏切り具合も最高。邦題にも騙されたけど、騙され甲斐があった。
そいで、こんないい映画をかける映画館がこんなに少ないなんて、理解できましぇ~ん。
邦題はミスリードかな
原題を直訳すると、「バニー・キングの正義」。
「ドライビング」するシーンはごく少ないので、内容としては原題の方が合ってるのだが、「正義」という言葉がカタいのと、「リトル・ミス・サンシャイン」みたいなロードムービーとして売り込みたかったのかな?
主人公はクルマの窓拭きを仕事にしてる。
日本では見たことないが、オーストラリアではしばしば見かけた。最初見た時はビックリしたが、物乞いじゃないし、たくましいな、と思った。
主人公はハッキリ言って、キレやすいから身近にいると迷惑なヒト。
我が子と暮らせる日を夢見て頑張ってる。でも人生思い通りに行かず…
タイトルとあらすじから予想した内容と後半は違ってきた。
もっとほのぼのして、「周りに助けられてハッピーエンド」みたいな期待をしてた。でも「え?そっちに転がる?」という方向にストーリーが展開していく。
なかなか共感のしづらいキャラだけど、でも憎めない。そんなキャラを好演してる。
姪も葛藤を上手く演じてる。
暗くなりがちなテーマを「暗い映画」に落ちるギリギリのラインで踏み留まったバランス感覚は主演2人、周囲の人、そして演出の賜物だろう。
ルールも法律も無視!はいいのだが、、
ある理由から子どもたちと暮らせず面会制限もある女性が、子どもに会うために法律もルールも無視して突き進む。継父から性的虐待未遂を受けた姪っ子も連れて。フィクションなのだから、法律も無視!はいいんだけど、どんどん子供が辛くなっていくような彼女の行動と展開は辛かったですね。
「わたしは怒りが抑えられないの」、いやだめだろ。わかる、わかるよ、あなたのせいだけじゃない。元はと言えば最低旦那のせいだし、シングルで窓拭きの物乞いのような仕事しかないのは社会のせいかも。でも、子どものためならもう少しがまんして欲しかった。
「電話はだめだよ」「会いに来ちゃだめだよ」と自分の気持ちを抑えて、常識的にちゃんと考えてる息子がかわいそうすぎて。家までまた引っ越すことになり。
なので特に後半は彼女に共感できなかったんだけど、最後にトーニャへに車のキーを渡したのだけは良かったな。命をかけて、自分にはできなかった「人生を変える力」を託したんだろう。
主演のエシー・デイビスはほんと熱演なので、共感できず子どもがひたすら可哀想に思えてしまったのは脚本のせいだろうね。
トーマシン・マッケンジー、ほんとかわいい。きれい。これからが楽しみな女優さん。
母親の愛と行政の対立
まずは母親(女性の母性?)に感服。男親だったらあそこまでは…😓十人十色ではあるが…
行政はどこの国でも杓子定規かと思ったが、この作品では思いやりというか人間らしさが良かった❗日本は行政サービスについては最低で、税金を払う価値すらないと思うのは、僕だけではないだろう。自民党に政治を委ねること自体がリスクであることを理解できない日本人が多いこと…。
このままでは日本は衰退しかないと思わせる一本でした。
予想外の展開に戸惑いながら引き込まれてしまった
主人公がついていない話というと奥田英朗の小説「邪魔」や「最悪」が思い浮かぶ。そんなことになる遠因は自分にもある。でもなんでこんな目に遭わないといけないんだって展開。こっちもつらくなる、でも目が離せない。
本作はそんな奥田英朗の小説を連想させる作り。2人の子どもと離れ離れで暮らすバニー。子どもと暮らすために住居の確保をめざす中事件が起きるという展開。
バニーの子どもたちに会いたい気持ちはわかるが、ルールを守らないところやきわどい軽犯罪の数々は共感できない。そして後半の展開はまったくの予想外。イカれてるんだけど、物悲しい気分になって、後半の息子の言葉に少し感動したりして。でも、ラストになぜか爽快な気分になったりする。全然ロードムービーらしさはないのに、たしかにロードムービーかもと思わせる。ニュージーランド映画だからなのか、不思議な鑑賞体験だった。
なかなか抜け出せないシングルマザーの貧困、子どもたちを誰が誰から保護するのか、原題にある彼女の正義とは、そんなことを考えさせられる映画だ。
抑えられない怒りが自己破滅へと向かわせるのか
作品後半に主人公や子供に起きた過去が明らかになっていくのですが、とにかく主人公であるバニーは常にイライラ、怒りの表情を浮かべっぱなし。子供に対する愛情の深さは理解できるものの、その行動の一つ一つに「それはやっちゃアカン方だろ!」とツッコミを入れたくなるほどの逆張りぶり。
破滅へ向かって一直線、とても作品紹介に書かれている「ユーモアたっぷりのロードムービー」には感じられず、主人公への共感も芽生えにくかった。
それでもラストに近付くに連れて姪っ子の境遇が交わることでバニーの人を思いやる優しさや、自分が正しいと思う方向へ行動する姿に理解できるようになってきた(これは支援局の女性職員が良いアクセントになったと思う)
貧困から抜け出せない世の中の仕組みや恵まれない(であろう)であろう子どもたちを護る「正義」は国が違っても共通するものがあると考えさせられる作品でした。
地上最強のおかん、現る!!
PVを見た印象は親子の逃避行を描いたロードムービーかと思いました。車に乗ってニュージーランドを転々とするシーンは確かにロードムービーでした。しかし、この作品は「愛娘の誕生日を祝う」という、母親として「普通」の行動が最大のミッションなのが今作の肝。
前科のある実母が里親に預けている子供達に会うために行政の細かいルールやホームレスという状況の中で必死に生活している様子は「普通」のことでも主人公バニーからしてみれば高い壁であると実感できるストーリーでした。
「ただ誕生日を一緒に祝いたい」という強い願望がニュージーランドを騒然とする様は、まさに圧巻でした。「すべてを敵に回してもよい」という愚直に突っ走る彼女の行動にはアッパレ。
ジャケ写サギ(笑)
ジャケット画像から『テルマ&ルイーズ』みたいなロードムービーを想像してたら、
全然ロードムービーじゃないし、思ってたのと違った(笑)
肝っ玉マザーのドタバタ劇です。
この主人公、あまり好感もてません…
期待してたんだけど、残念なガッカリ作。
全く共感出来ないシングルマザーの暴走
ホームレスのシングルマザーが
ある理由で離れて暮らす子供に会う為に暴走。
一つの行動を除き全く共感出来ない
独り善がりの主人公。
ポン・ジュノのパラサイトを思い出す場面も。
子供が事実を知ったら悲しむ行動を
取り続ける彼女の母親としての想いとは?
ゲス継父への強烈なお仕置き
主人公のバニーに対しては、共感できる部分よりも眉をひそめたくなるような言動が多い。だから、彼女に対して気持ちをライドするのではなく、バニーとトーニャの運命の行く末を見届ける。そんな気持ちでラストまで、物語を追いかけることになった。
共感できないバニーではあるが、妹の旦那が、連れ子のトーニャに手を出す現場を見過ごさずに、トーニャを守る行動をとる。旦那のゲス行動を注意すれば、自分の子供との再会が遠のくにもかかわらず。
バニーは基本的には良性の心を持っているんだけど、こと子供のことになると感情も行動も制御できずに、他人を傷つけてしまう。
トーマシン・マッケンジーは、相変わらず上手い。ただ一点、声量が小さくない?なんて思うシーンがあった。
セイフティネットからも落ちそうなところにいるシングルマザーをどうするのか。なんらかの希望が持てるラストでございました。
追記
劇中、エンディングに流れる曲 What's Up
劇中は、4 Non Blondes(1992年)バージョン
エンディングは、Willa Amai(2020年)バージョン
怒りを抑えられない女?
最初から最後まで主人公には共感できず。
敵意さえ覚えました。
里親からしたら悪魔の様な実母。
やることなすこと全て行き当たりばったりで、
子供に会う為なら他人を騙す、盗む、偽るが当たり前。
最後まで救いがない行動は全く感動せず。
終わり方も中途半端で何も解決せず。
全く子供に会って何を伝えたいのか意味不明。
俳優は熱演だが脚本ニ難あり。
主人公に全然共感できなくて どうしたものかと思っていたけど トリッ...
主人公に全然共感できなくて
どうしたものかと思っていたけど
トリッシュの存在に救われた(←作品自体が)
それは仕事では無い
生活が成り立っていないことから子供達が保護されている40歳の女性が、子供達と一緒に暮らす為に奮闘する話。
妹夫婦の家に居候し路上で車の窓拭きをして貰ったチップで収入を得ている状況で、家を借りさえすれば…な勝ってな解釈を暴走させて行く主人公。まあ、良くある話しですね。
そんな中で妹の娘が継父に迫られているところに出くわしてと展開していくけれど…確かに良いこともしたし人情としては判るところもあるけれど、兎に角感情任せの自分中心解釈を繰り返し、腹癒せするはルールを破るは嘘をつくはと愚行を繰り返し、まあそうなるよねという感じだし、この姿がユーモアたっぷり?
同情的な目線にもなれず憐れと言う意味で悲しくは感じるけれどね。
とりあえず終わりよければ的な無理矢理展開にならなかったのは良かったけれど、これはこれで特に捻りもなければ衝撃もなくて、結局何がみせたかったのか良くわからなかった。
『The Justice of Bunny King』
ラストナイトインソーホーのトーマシン・マッケンジーの演技が素晴らしかったので気になって鑑賞しました!
100分の上映時間が体感的にちょうど良かったです。
バニーにとって娘が本当に大事な存在である事が描かれているのが良かったです。
無邪気で可愛い娘とちょっとしたジョークが息抜きになりました☺️✨
トーマシン・マッケンジーの出てくる場面と
車検に通らなそうな車のドライブシーンが少ない印象でした😂
車でバニーとトーニャがラジオを聴きながら熱唱するシーンとラストのトーニャが車で走るシーンが好きです
^ ^✨
個人的には、娘を誘拐して誕生日会を強行するか、
車で逃げてしまう終わり方も良さそうだなと思いました!
この映画をみて、人の苦しみは他人には理解し難いものなので、何事も相手の立場になって気持ちを考えることが大事だと感じました。
ニュージーランド映画です
2022年9月19日
映画 #ドライビング・バニー (2021年)鑑賞
愛する我が子に会いたい、一緒に暮らしたい、というその一心で行動しているだけなのにドンドン破滅的な方向へと進んでいく母親
経済的弱者へ冷たい現代社会への警告のような作品です
@FansVoiceJP さん試写会ありがとうございました
母親の愛情に感動しながらハラハラする展開
オンライン試写会にて鑑賞。
これほど母親の子供への愛情あふれる姿をストレートに見せる映画はザラにない!
観終わって、胸いっぱいに愛が浸み込むような映画であった。
この映画、ある事情によって自分の子供達になかなか会えず、会えたとしても監視人付きでしか会えない母親バニーが、なんとか子供達と一緒に住めるよう、懸命に働いている。
バニーは「娘の誕生日までには一緒に住める家を探して暮らしたい…」という強い願いを持って一生懸命に家探しもしていたが、自分の妹の家に居候していた時に姪のトーニャ(トーマシン・マッケンジー)へ言い寄る義理父の姿を見て「トーニャを守りたい!」と激しい行動を起こしたことから家を追い出されてしまう。
子供達と一緒に住む希望は遠ざかったように見えたが、バニーはトーニャを連れて……といった流れで物語が展開していく。
母親の子供への愛を描くだけでなく、その後の「出来事(事件)」をも描いた起伏に富んだ見事なドラマ。
主演はエシー・デイヴィスというオーストラリアの女優で、車の窓拭きとして働きながら、なかなか会えない自分の子供たちを愛する女性を見事に演じており、「この映画の母親役になりきった!」という感じ。
この女優は、やはり今年日本公開された『ニトラム/NITRAM』というクライム映画では優雅な女性を演じていたが、本作では貧しい系の女性を演じており、そのなりきり方の幅広さを感じさせられた。素晴らしい女優である。
また、共演のトーマシン・マッケンジーは、昨年日本公開された傑作『ラストナイト・イン・ソーホー』は劇場で2回観たが、そのほか『ジョジョ・ラビット』や『オールド』でも存在感を見せた若手女優のホープと言えよう。
本作を観たのも「トーマシン・マッケンジー出演作だから…」なのだが、共演女優として主演女優を引き立てる上手さが見られた。
本作でも、とても綺麗である。
原題は『The Justice of Bunny King』であり、邦題が『ドライビング・バニー』とされているのでロードムービーっぽく思えるかも知れないが、ちょっと違うと思う。
直訳して『バニー・キングの正義』だと確かにちょっと固い感じかも知れないが…。
(※ バニー・キングは、母親のフルネーム)
しかし、本当によく出来た映画であり、途中は(サスペンス映画とは違った)「宙ぶらりん感」が物語の先を気にさせつつ、クライマックスでは事件性を背景にしながら母親の愛情表現も描くという贅沢な展開に、驚きながらも感動させられる見事な映画であった。
<映倫No.49341>
負の連鎖版『母なる証明』
前科歴がネックとなって子供達と離れ離れに暮らす母親が、なんとか一緒に暮らそうとするも…という負け犬の再起を描くヒューマンドラマだが、本作の根底にはニュージーランドにおける社会弱者の厳しい生活事情がある。それに比べれば、まだ日本はマシな国なんだと思える。
やはり家庭環境に苦しむ姪とともに子供会いたさに奔走するも、それが暴走に変わってしまう負の連鎖。ただ、確かに彼女の立場には同情こそすれど、行き当たりばったりなその行動を「運が悪かっただけ」と解釈するにはちょっと無理があり、ラストの顛末もまぁそうなっても仕方ないよなと思わざるを得ない。やはり暴走する母親を描いた『母なる証明』と比べると、こっちは悪い意味で共感しづらかった。
あと、プロット的にスピルバーグの『続・激突!カージャック』とダブるが、『カージャック』で人質にされた警官が、本作では家庭支援局の職員に相当。彼女の存在が唯一と言っていいほどの救い。
『ドライビング・バニー』という邦題からロードムービー色が強いと思われがちだが、ハッキリ言ってその要素は薄め。
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