「刺さって抜けない余韻。登場人物と物語にも注目してほしい。」劇場版モノノ怪 唐傘 まるさんの映画レビュー(感想・評価)
刺さって抜けない余韻。登場人物と物語にも注目してほしい。
モノノ怪で多くの女たちが捨ててしまったのは大切にしていたモノに付属する思い出や自分を形作っていた芯や幼い頃の心の支えなのだろうと思いました。
モノだけじゃなく、モノから連想される想いまで捨ててしまったんだろうなと。
自分を失くした女たちは大奥という組織で生きていくために染まらなくてはならない。
大奥で戦うには隣人は蹴落とすもの。
きっと、大奥に来るまでは持っていた思いやりも誰かにありがとうと言うことも、アイデンティティも何もかも無くなって
組織にとって都合の良い人間に変えられてしまうのが大奥のシステムなんだろうなと。
登場人物のアサちゃんとカメちゃんが比較されるように描かれていて、
アサちゃんは幼い頃見た御祐筆に憧れて、筆の腕を磨いてきました。
大奥初日、「大切なモノを捨てろ」と迫られた時は「捨てられないモノはございません」と返答します。
アサちゃんは大奥の在り方に染まりながらも、自分の願い、やりたいことのために取捨選択している様でした。
性格・素養の違いがあったとしても、
アサちゃんが強くいられたのはカメちゃんがいたからというのがグサグサ刺さります。
カメちゃんは大荷物で大奥へやって来て、
「捨てられないモノはおばあちゃんから貰った簪、おばあちゃんが大奥の人と食べなさいと握ってくれたおにぎり」
モノよりモノに宿った想いが、カメちゃんにとっては最初から大切だったんだろうなと。
カメちゃん、大奥の在り方を「臭い」と受け入れられなかった人で。
皆が毎朝飲む(おそらく死体の腐臭のする)(情念コミコミ)水を、途中から飲まなくなる。この時のカメちゃんの表情が、彼女の意志を感じて好きです。他の人と違うことをするって怖いですよね。格好良い。
憧れた場所である大奥に残りたい気持ちはあったけれど、アサちゃんの指示で辞める事になりました。
アサちゃんがカメちゃんを辞めさせた理由は目障りだからではなくて、カメちゃんの性格・素養が組織でやっていけない事を分かって逃がしてあげたんだろうなと。
アサちゃんはカメちゃんにずっと笑っていてほしかったのかも知れません。
アサちゃんは自分の願いのために、やりたいことのために取捨選択できる、臭い組織にも染まれる強い人であり、アサちゃんが心を失くさずに済んだのは、優しすぎるし比較グセのあるちょっと鈍臭い純粋なカメちゃん、というところが刺さりました。
カメちゃんに「アサちゃんの大切なものって何?」と聞かれて、頬を染めながら「言えない」って返すんですよ。くッ刺さって抜けません。
井戸にカメちゃんが落ちる幻覚を追いかけて手を伸ばしたアサちゃんが、現実に井戸に落ちかけて、現実のカメちゃんがアサちゃんを踏ん張って引き上げるシーンなんて、「今でもあなたは私の光〜♪」と今後何年後でもアサちゃんが思い返すんだろうなと。
一番に思い返すのはカメちゃんの笑顔だと思いますが。
アサちゃんは大奥で。
カメちゃんはカメちゃんが笑っていられる場所で。
カメちゃんが笑って辞めていった最後、おそらく髪飾りを交換してるんですね。
カメちゃんの髪飾り(このシーン以前にどこかのシーンで映っていたのかどうか覚えていません)だけ輝いていたのは、モノに宿るアサちゃんとの絆を示して、またもしかしたらカメちゃんの真っ直ぐな心を象徴して、キラキラ輝いていたのかなあと感じました。
唐傘というモノノ怪は、大切なモノ、想いを捨てさせられた女たちの情念がこもってできたのだろうけれど、その核になっていただろう北川さんがまた良かったです。
アサちゃんとカメちゃんの「もしも」の物語が北川さんと一緒に入ってきた過去の女中さんで。
最初に迷いなく大切なモノを捨てて、仕事ができて出世の早い北川さんと、
同期だけど不器用で仕事と場に慣れなかったであろう女中さん。
北川さんは目障りだから辞めさせたけど、それを後悔する。
きっと心を捨てたのはその時だったんだろうと気付く。
これを映画では「私は乾いてしまった」と表現していました。
唐傘が斬られて、アサちゃんが「北川さんは恨んでいません」と言ったのは
北川さん自身が死んでしまったのは、大奥というシステムのせいであって。システムにより自己を失くし他者を蹴落とす事でしか生きていけなくなった女たちのせいではないからかなと思います。見守っていたのでしょうか。
薬売りさんは格好良くて可愛くて、不思議で華美な万華鏡のような映像・迫力ある音響はもちろん最高ですが、登場人物と物語も最高でした。
刺さる人にはグサグサに刺さって余韻が抜けなくなります。
語り切らず想像の余地を残しているのが良かったです。