「生き様にみる幸せの尺度」千夜、一夜 humさんの映画レビュー(感想・評価)
生き様にみる幸せの尺度
あの日から出かけたまま帰らぬ夫。
登美子は、30年ひたすら待っている。
夫は、嫌いだった実父からの救いであり心が解放される存在だった。
昔からの友人春男は、夫が蒸発して長い登美子を心配し、一緒にならないかと言い続ける。
しかし、登美子は頑なに断る。
それでも春男の母が直談判したり、仕事仲間が気をきかせ縁を繋ごうと試すが、たぶん周りが手を回す程、無理、無理、無理なのだ。
春男がなぜ夫の代わりになれないかがそこにあるような気がする。
登美子が待ち焦がれるのはただひとり。
ふらりと自由な空気でまわりとのしがらみを感じさせないあの頃の夫なのだ。
登美子は、同じように失踪した夫・田村に見切りをつけ、新たな人生をみつける覚悟をした奈美に出会う。
そして、町でたまたま見かけた田村に声をかけ話をしてみる。
田村は失踪の経緯などを説明。
そんな田村には夫を思い出させる雰囲気がちらつきなつかしい面影を見たに違いない。話をしながらどんなに心が揺れただろう。
その後、田村を連れ奈美の家に案内するのだが奈美は動揺と憤慨で田村を罵る。
その姿は、もう自分の気持ちが田村に戻らないようにする区切りの行為にみえた。
夜になり、雨の中、奈美子に追い出された田村が登美子を頼りに訪ねてくる。
ずぶ濡れの田村に白湯を渡し、夫のであろう服を貸す。
大きいと思われた夫の服がぴったりだったところあたりから、心中を察して胸がざわざわした。
夜中に隣の部屋でみえない夫と会話している登美子を目撃してしまった田中。
会話の内容はふたりがまだ若い時のようだ。
切ない孤独を自分なりに紛らわせながらぎりぎりの精神状態でずっと生きてきたのだろう。
田中は、犯した間違いがどれだけ奈美を傷つけることだったかをこのときはじめて深く理解した。
嗚咽し悔やみうなだれる田中。
ぎゅうっと離さないように抱きしめる登美子。
田中のなかで、田中を抱きしめるのは、もう夫との決別をきめてしまった妻・奈美。
そして
登美子のなかで、登美子が抱きしめるのは、いまも帰らず許せないが許したい夫。
2人は偶然にもそんな立場で出会い
そうやって今の自分の気持ちの在処をみせた。
明け方に田村がそっと出て行く音。
登美子の記憶は、あの別れの日と重なっている。
高台の家の玄関をあけ、外を眺める登美子の年老いた横顔。
それきり帰ることのない夫を『再び』待ち始めた意志のあるまなざしだ。
登美子は浜辺に来た春男の更なる告白を跳ね除ける。
それが登美子の納得の尺度。
何を信じるか、何を求めるか。
仕方ない。
登美子には待ちたい夫がいる。
今までも今も。