劇場公開日 2023年4月21日

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「複数の見方ができる映画。個人的にはおすすめ。」ヴィレッジ yukispicaさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5複数の見方ができる映画。個人的にはおすすめ。

2023年5月3日
PCから投稿

今年146本目(合計797本目/今月(2023年5月度)3本目)。

ある限界集落に近いと思われる村にいわゆるゴミ廃棄処理施設が誘致され、その誘致された工場や処理施設の話や、その小さい村での隣人どうしのやり取りを描いた映画です。

複数の見方(ベクトル)が可能な映画で、登場する俳優さんのファン枠であるというような見方も可能だと思うし、リアル日本で実際にこの映画のように廃棄処理施設等で国や都道府県等から補助金が出てやっと持っている町村があることもこれもまた事実で、そのことを論点にしたいのか、いわゆる「メディアスクラム」を問題にしたいのか(そこまでとは思わないものの、メディアの暴走もやや気になるところ)、いくつかの線が考えうると思います。

ただ個人的に複数の軸で見ることができる(逆に、どの軸で見たらよいかわからなかったのが「せかいのおきく」ではあった)以上、一つの見方に固定しました。

なかなか気が付きにくいのですが、この映画は個々個々検討すると憲法論的な見方もあるのではなかろうか…と思えます(居住の自由(憲法22)等)。個人的には公法(縦の関係を定めるもの。憲法が代表例)と、地方行政(といっても、限界集落に近い村ですが…)の行政法的な見方をしました(この2つはどちらも「縦の関係」を規律するものなので、論点が重複する場合もあれば、どちらの軸で見るかで若干切り口が変わるものもあります)。

ただ、もっぱら、おそらく、「限界集落の在り方」「限界集落における隣人との付き合い方」「そうした中でトラブルが起きたときの解決の在り方」(3番目は民法的な見方)という考え方も可能だし、それも否定はできません。クロス的な見方が可能な映画だからです。

評価に関しては、この「縦の関係」である公法を重視してみたとき、個々個々気になる点まで考慮して4.4を4.5まで切り上げたものです。

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 (減点0.3/「土壌から排出されたあるもの」に関する描写)

 このようなものを勝手に処理施設でこっそり処理するのは法に触れますが、そもそも「この排出されたあるもの」は、その趣旨上れっきとした所有者がいるべきものです(日本では誰しもが所持できるものではない)。

 当然それを投棄することは法に触れますが、その所有権が第三者に触れるものであれば、(刑事裁判における)没収の言い渡しに関しては、第三者であるものである関係で、手続きが非常に複雑になってしまいます(リアル日本では「第三者所有物没収事件」が該当します)。この部分の「適正な」描写がないので、そのようなものは無条件で没収したり処分できるものだと勘違いされる方が多いですが(特にこの映画で描写されるものは、その性質が強い)、第三者所有物は勝手に処分できません(結構手続きとしても面倒です)。

 ※ 占有権と所有権は違いますので、「真の所有者」に対しての告知弁解を与える必要があるためです。

 (減点0.3/小さい村落と能・お祭りの参加について)

 能という文化は他の伝統芸能に比べて宗教性が強いもので、同時に描かれる村のお祭りなどもそれに付随するものです。ただ、日本では「何人も、特定の宗教儀式に参加することを強制されない」ことが規定されているため(憲法20条の2)、この閉鎖的な村とは言えども、勝手に強制すると(間接適用説を取る一般的な見方の場合)、民法の不法行為(や、条件を満たすなら、96条の詐欺強迫)等で問題視されかねない事案です。

 ※ かつ、村ぐるみでやっているように、このような限界集落と思われる村においても当然行政というものは存在するので(いわゆる村役場)、そこが主導して半ば強制的に参加させているのだとすると、それもそれで国賠案件なような気がします。

 (減点なし/参考/土地の物権的請求権について)

 あの土地全体が会社の所有物ということは実際考えにくく、誰か(私人)か村(行政)のものを使っているのだと思いますが、「このような状況」においては、所有権等に基づく物権的請求権(妨害排除請求権)を起こされても仕方がないように思えます(ただ、これをどうこうすると映画のストーリーが迷走するので、完全に切られている模様)。

yukispica