「一人の人間の感情の移り変わりを心で感じる作品」ヴィレッジ jeさんの映画レビュー(感想・評価)
一人の人間の感情の移り変わりを心で感じる作品
抜け出したいけど出れない、アリジゴクのような穴に落ちてもがいている錯覚に陥る。
一人の人間の感情の移り変わりを心で感じる作品。能が能面の微妙な傾きで多彩な感情を表現するのに対し、優は目で感情を表現している。題材となっているムラで起こる事象もこの表情の移り変わりを出すための要素の一つ、社会問題も様々な価値観の人に関心をもってもらいたい要素の一つに思えてくる。(製作者の意図ではないかもしれないが)
死んだ魚の目のような生気のなさ、あきらめ、心の中で静かにマグマのようにたまる怒り、つかみかけた希望、罪悪感、恐れ、主人公の様々な表情が心につきささる。能面の裏に隠された心の叫びが伝わってくる。人間の、社会の、隠したいけど隠せない部分、歪みの象徴としての村。根っからの悪人もいないけど、根っからの良い人もいない。やりたいことができているわけでもないけど変わろうとすることもない。大なり小なり、誰もが経験する見たくない部分を見せつけられる。やっとつかんだものを失う恐怖や長く続かない儚さ。わかりやすい救いがあるわけでもない。それでもなぜか映画に対する嫌悪感は残らない。キャストに人間らしさを感じてしまうからか。それぞれの演技が素晴らしい。
ラストに主人公が見せる表情は、縛られていた鎖を解き放ち心の自由を手に入れた解放感にも見えるし、やっと終わる安堵の表情にも見えるし、眼をかけてくれた人への感謝と決別の表情にも見えるし、結局同じことをしてしまった父親に対する共感とやるせなさの表情にもとれる。あの表情をどう見るかで、感じるメッセージも変わると思う。とにかくあの表情が頭から離れない。そして見終わった後もいろいろなことを考える。自分には何ができるのか。
できれば絶望、あきらめだけでなく、わずかでも希望につながってほしい。エンドロールのあと、まだ変わることができるチャンスは残っているのでは、そんな風に思いたい自分がいる。
ここまでが1回目の鑑賞で感じたこと。2回目はまた違った印象になった。
人々を村に縛り付けていた、心の自由を奪っていた象徴ともいうべき村長の家を、過去からの歴史とともに焼き払うことで、逃れられないと思い込んでいた呪縛から解放する、それをやり遂げた充足感、初めて見せる人間らしい満ち足りた表情。それはまるで、亡くなった父親に”やり遂げたよ”と報告しているかのよう。
穴は夢の始まりと夢の終わりの区切り。
鏡にうつる幸せな場面は、一瞬の夢、虚構、生きている感じがすると思っていた時間は、儚い夢の間だけだった。
そして、犯罪者の息子といわれ苦労してきた自分が、犯罪者だといわれる絶望感。
随所に製作者のこだわりを感じる。そういった考察も楽しめるし、見るたびに違った解釈ができる。そういった寛容性、奥行きの深さを感じるところもこの作品の素晴らしいところである。
映画はそれぞれが自由に感じてよいもの。いろいろな意味で何度も見たくなる作品である。