劇場公開日 2023年7月7日

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「奇想天外な設定ながら、純愛を貫こうとする主人公がたまらなく愛おしく感じてしまう映画です。」1秒先の彼 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5奇想天外な設定ながら、純愛を貫こうとする主人公がたまらなく愛おしく感じてしまう映画です。

2023年7月12日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

笑える

幸せ

映画『1秒先の彼』作品レビュー

 チェン・ユーシュンによる台湾映画『1秒先の彼女』(2021)を『天然コケッコー』の山下敦弘監督と、初タッグを組んだ宮藤官九郎が、男女のキャラクターを逆転して脚本をリメイクしたラブストーリー。京都を舞台に、何事にも1秒早い男性と、1秒遅い女性による失われた大切な1日が描かれます。

 京都市内にある中賀茂郵便局で働くハジメ(岡田将生)は京都の生まれ。いつも人よりワンテンポ早く、50m走ではフライング。記念写真を撮るといつもシャッターチャンスを逃してしまい、小学校、中学校、高校の卒業アルバムの写真はことごとく目を閉じてしまう気性なんです。それで彼は高校を卒業して12年間、郵便の配達員だったのですが。ついたあだ名が、『ワイルド・スピード』。度重なる信号無視とスピード違反のため免許停止を食らい、それからは窓口業務となった次第です。
 ハジメと同じ窓口に座るのは新人局員のエミリと小沢。いつもふたりに「見た目は100点なのに中身が残念」と言われ、ふてくされる日々を過ごしていました。
 現在、ハジメは長屋で妹の舞(片山友希)とその彼氏のミツル(しみけん)と3人で暮らしています。
 そんなハジメが、街中で路上ミュージシャン・桜子(福室莉音)の歌声に惹かれて恋に落ちてしまいます。早速、花火大会デートの約束をするも、朝目覚めるとなぜかその翌日になっていたのです。“大切な1日”は消えてしまっていたのです!?

 本作も台湾版同様に、本作も冒頭でハジメが、交番のもとへ駆け込むところから始まります。そして遺失物届けに記入した遺失物名は、「昨日」の一字だけでした。
 「消えた1日」の謎を探るうち、街中の写真店(店主が笑福亭笑瓶。一人二役で、本人役として、ハジメが聴いているラジオ番組のDJも演じている)の店頭で、ハジメが行ったことがない浜辺に写る自分の写真を偶然見つけます。しかも誰かに撮られた記憶は皆無でした。そこでいつもカメラを携えて、窓口によく来る麗華(清原果耶)が絡んでいると思い、接近するのです。

 麗華も京都の生まれ。日本海に面した漁師町の伊根町で育ちました。いつも人よりワンテンポ遅く、50m走では笛が鳴ってもなかなか走りださないのです。現在、彼女は大学7回生の25歳。アルバイトをいくつも掛け持ちし、学費を払いながらの貧乏生活を送っていました。写真部の部室に住み込み、ひとりぼっちで夜食をとりながら、ラジオを聴いている暮らしぶりでした。
 ある日、急停車したバスに追突した高校生を看護するハジメの姿をみて、既視感をおぼえた麗華。郵便局でハジメの窓口にいき、胸の名札『皇』の文字を見つめるのでした。
 失われた「1日」に何が起きたのでしょうか。そしてハジメと麗華の接点は?

 ハジメはせっかちで、いけずな京男。麗華は古風なのんびり屋。呼吸が合わない2人に恋は芽生えるのか、見ていてちょっと心配になりました。
 台湾版同様に、「消えた1日」の背景が、ハジメと麗華、それぞれの視点から展開されます。2人が見る景色が重さなるシーンでは、もはやふたりのテンポの違いは気にならなくなります。もっと大切なことに気づくからです。

 京都を舞台に、山下敦弘監督と宮藤官九郎の脚本でリメイクするにあたり、主人公 の男女設定を逆転。タイトルが示す通り、「彼」への麗華の思いが 前面に出たことで、より純度の高い物語となりました。
 オリジナルと同様にいちずさを純愛と捉えるか、独りよがりな行動と見るかで、鑑賞後の印象が違ってくるかもしれません。レトロなインテリアの愛らしさは本作でも健在。そこに加えて、ノスタルジックな映像との相性がいい京都の風景が、最後まで目を楽しませてくれます。

 時間が消えるからくりに宮藤らしい奇抜な設定を追加。ともすれば浮つきがちな珍妙なファンタジーに「京都あるある」の小ネタや家族の逸話を交え、うまく翻案できたと思います。潮風を感じる台湾版のロケ地も凄くよかったですが、天橋立を舞台に引っ張り出して、京都も負けていません。2人の個性を優しく肯定するおおらかな風情を感じさせるところがいいですね。

 山下監督とクドカン脚本、笑いが持ち味の2人ですが、そのツボはいささか異なります。皇一(すめらぎはじめ)と、長宗我部麗華(ちょうそかべれいか)という主人公2人の名前の仕掛けなどはクドカン流、時間が止まった街並みの描写の間合いなどは山下映画。うまい具合に融合し、台湾版と筋立ては同じながら、違った風合いに仕上がりました。

 せっかちな二枚目を演じて残念な風を吹かせる岡田と、おっとりと芯の強さを感じさせる清原はそれぞれの持ち味を生かして好演。バスの運転手など、脇のキャラクターの描写にクドカン節が光ります。
 同時に、『1秒先の彼女』のレビューもアップしましたので参考にされてください。

流山の小地蔵