「 神話と現実が一つになった中世の世界は、今から見れば差別的で残酷、野蛮だが、リアリズムを超えた生々しさと絵画のような映像美に圧倒されます。」ノースマン 導かれし復讐者 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
神話と現実が一つになった中世の世界は、今から見れば差別的で残酷、野蛮だが、リアリズムを超えた生々しさと絵画のような映像美に圧倒されます。
本作は、10世紀のアイスランドを舞台に、ヴァイキングの王子アムレートが、父親のホーヴェンディル王を叔父フィヨルニルに殺され、復讐と王座奪還を目指すという物語です。
ウィリアム・シェイクスピアの悲劇『ハムレット』の主人公ハムレットのモデルとされるスカンディナヴィアの伝説上の人物アムレートを描いています。
9世紀、スカンジナビア地域にある、とある島国。
幼き王子アムレート(オスカー・ノヴァク)は、旅から帰還した父オーヴァンディル王(イーサン・ホーク)とともに、宮廷の道化ヘイミル(ウィレム・デフォー)の立ち会いのもと、成人の儀式を執り行っていました。しかし、儀式の直後、叔父のフィヨルニル(クレス・バング)がオーヴァンディルを殺害し、グートルン王妃(ニコール・キッドマン)を連れ去ってしまうのです。10歳のアムレートは殺された父の復讐と母の救出を誓い、たった一人、ボートで島を脱出するのでした。
数年後、怒りに燃えるアムレート(アレクサンダー・スカルスガルド)は、東ヨーロッパ各地で略奪を繰り返す獰猛なヴァイキング戦士の一員となっていました。ある日、スラブ族の預言者(ビョーク)と出会い、己の運命と使命を思い出した彼は、フィヨルニルがアイスランドで農場を営んでいることを知ります。奴隷に変装して奴隷船に乗り込んだアムレートは、親しくなった白樺の森のオルガ(アニャ・テイラー)の助けを借り、叔父の農場に潜り込んで、叔父の一族を滅ぼし母を取り戻そうとするのです。
が…。
古臭いキャラクターに新たな命を吹き込み、よみがえらせる。「シン・ゴジラ」など、「シン」を付けた作品群がそうです。その伝で言えばこれはさしずめ「シン・バイキング」といえるでしょう。あの北欧の伝説の海賊たちが、新鮮にリアルに、そして生き生きと、すさまじい迫力でよみがえっているのです。
その実、お話は至ってシンプルです。幼い頃に父親を目の前で殺された王子アムレートが、仇を討つため旅に出て、その憎き仇に復讐するというもの。大枠は家族や親族の因縁話ですが、世界を覆う負の連鎖といった普遍の主題がそこに圧縮されていました。
そして単純な復讐劇ではないというところがミソ。母との再会に喜ぶのもつかの間、母から告げられる父オーヴァンディル王が殺された真相、黒幕の正体にアムレートも観客も「まさか、そんな!」と愕然となります。
身内の愛憎というミニマムな関係性が、実は権力や暴力をめぐる巨大な悲劇の構造と、何ら本質は変わらないと示すように、壮大なスケールで血生臭い争いが展開する秘めたる伏線が、この復讐劇の結末をグッと盛り上げてくれました。
そして戦闘シーンにおけるバイオレンスの激しさ、北欧の大自然の荒々しさは、近年のこのジャンルで突出した迫力で、時に厳かな美しさも感じさせくれます。
歴史への探究心に満ちたリアリスティックな視点と、予言者や魔法使いを登場させた超自然的なエッセンスが混じり合い、濃厚にして重厚な2時間17分となりました。
監督はロバート・エガース。彼はドイツ表現主義の古典名作「吸血鬼ノスフェラトゥ」のリメイク企画を温め続けている武骨な映画狂として知られています。今回は壮大な冒険アクションで、初めての予算をたっぷりかけた大作路線です。前作の「ウイッチ」「ライトハウス」では、狭い場所での数人のドラマを異様な集中力で描いてきました。今回の舞台は広大で登場人物も数百人に及ます。しかし、これまで同様、徹底的なリサーチで細部まで当時を再現し、集中力はむしろ増しているのがすごいところ
。
アクション場面もダイナミックで、怖いほど暴力的。但し直接的な残酷描写を「ノースマン」は慎重に抑制しています。エガースの演出は、丁寧なショットの連鎖からアクションへと繋げていくもの。映画通を唸らせる映画の原初的な魅惑に満ちた作風なのです。
神話と現実が一つになった中世の世界は、今から見れば差別的で残酷、野蛮だが、リアリズムを超えた生々しさと絵画のような映像美に圧倒されます。
ただ個人的には、アムレートの成人の儀式を司る神さまが、オオカミの化身だったことに愕然となりました。バイキングたちが崇め、目標とするのがオオカミと一体となることだったなんて、なんて野蛮で動物的な信仰なのでしょうか。そういうところにバイキングの野蛮な本質が垣間見えました。