アルピニストのレビュー・感想・評価
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自分の人生を歩む尊さを感じる映画
素人からすれば断崖絶壁にしか見えない岩壁を、命綱なしで単独で登る世界があるらしい。ロッククライミングなどのいわゆるスポーツとも違う、冒険家に近い世界のようだ。時にはタイムを競うこともあるようだが、そこが大きなウェイトを占めているわけでもなさそうである。
この作品は、そんな世界で一目を置かれる若者、マーク・アンドレ・ルクレールのドキュメンタリー映画だ。同行した撮影者による撮影、ドローンカメラ、ヘルメットに装着したカメラによる撮影などで映し出されるのは、ある意味では狂気な世界だ。人気映画シリーズである『ミッション・インポッシブル』でトム・クルーズ演じるイーサン・ハントが高層ビルを登っていくシーンがある。そのシーンを見たことがある人も多いだろう。マークが登っているのは、ビルではなく、垂直にそびえる自然の岩壁や氷壁なのだ。イーサンがつけていたような最新鋭のマジックグローブもなければ、無線でサポートする仲間もいない。多くの人は「登る」という選択肢しか思いつかない対象を登っていくのだ。
作品の前半部分では、彼の人となりに迫っていく。本人、知人へのインタビューを通じてあぶりだされるのは、悪意のない人であることだ。やや変わり者であるがゆえに、親しい友人にはなりずらい部分もあるかも知れない。しかし、若者らしい遊び方を経験しつつも、人生における自分の情熱を傾けられる対象に絞り込んでいく過程は、多くの若者に観て欲しいシーンである。人の目を気にすることなく、自分の心の声に従い進んでいく姿がとても印象的だった。
マーク本人に劣らずに素晴らしいのは、マークの彼女である。彼をそのまま受け止めて、彼も彼女をそのまま受け入れる。メイクなどしなくてもその可愛らしさ・純粋さがこれでもかと伝わってくる。自然に囲まれて生きるている二人の人生は、間違いなく輝いていた。
終盤では哀しい結末が描かれる。特に母親のスピーチは胸を打つ。悲しくないわけがない。それでも、彼なりに生きた生涯を包み込む愛があふれいた。人生は尊い。そう思わせてくれる作品だった。
生命との天秤に掛けるもの
生命を危険に晒すのは、得られるものが、そのリスクと釣り合うから。イヤ、それ以上のものであるから。登山モノは、書籍含めて好きな方だと思うんです。映画・ドキュメンタリーも、地元で上映されるものは殆ど見てるはずです。先週は「神々の山嶺」を見ました。それでも分からないんです。何故、山に登るのか。言葉では、言い表せる気もするんですが、根本的なところで肚落ちしていない自分がいます。
単独登攀を目指すものの半分は、山で命を落とす。
そりゃそうでしょうよ。見るからに無茶ですもん。カメラがとらえる山々の映像は荘厳の一言です。美しい。ですが、そこに辿り着くまでの道のりは、人間を拒絶する自然そのもの。屹立する石と氷の壁。うねる波が凍りつき垂直に切り立った塊り。尖った頂。崩れそうな雪塊は、強風で奇妙なカタチに変形し稜線を作る。無茶ですよ。そんな場所を歩き、登るだなんて。
誰も登ったことの無い山。誰も成功していないルート。自分だけが経験する何か。それが血を沸かすのか。
それとも、単なるリスク・ドランカー?いや、違うよね。彼の計画は、常に生還を前提にしてる。
山頂にある静寂を求めているのか?それも違う。であれば、素手で登る必要はないから。
結局、答えが分からない。その、分からないもののために、命を危険に晒す人たちの事を分かりたい。だけなのかも知れねーなー、なんて事を想いながら。
興奮した笑顔を見せてくれた、マーク・アンドレ・ルクレールのご冥福を祈りつつ。
良かった。
とっても。
ラストが・・
山岳映画はよく観に行きます。
普段見られない映像を観ることが出来る所が好きですね。
(毎度思うのですが、登山中の映像を撮るカメラマン達も凄いですよね)
今回も圧巻の映像が観られるのですが、ラストが呆気ないと言うか、やはり登山は危険と隣り合わせなんだなと実感しました。
そういえば、フリーソロに出演していた。アレックス・オノルドが出ていましたね。
彼が存命しているのを確認出来たような気がして、安心しました。
こんなに
凄いクライマーがいたんですね。今までもクライマー関係の映画作品は観ましたが、一番才能と度胸のあるクライマーですね。高所恐怖症の自分としては、途中いたたまれない場面もありましたが、1本のヒーロー作品を観た感じです。最後はこうなる人生ですね。
ちゃぶ台返しとなり、冷えてしまった😱
あれほど孤高で隠棲的な登山家が、
クライミングスタイルの「フリーソロ」では全くあり得ない、二人でロープを使って、SNSに発信しながら消えてしまった。
それは、これから彼がやろうとしている登山への挑戦だったのか?
その果てに、救助隊の大捜索まで動員されたラストには興醒めをした。
冒険的登山とは、これが現実なんだろう。
好事魔多し、難関を成功し、自分のスタイルを見失ったのだろうか?
それにしても、彼の失敗は、彼が発した言葉は一時的な幻覚や妄想で、彼の業績も一時的な興奮による成功であり達成でしかないように思えてしまう。
まさに、カリスマ的な人柄に惹かれて彼のドキュメンタリー映画を撮った結果、
ちゃぶ台返しとなり落とし前がつかなくなってしまった。
そして、完成したのが無名の天才アルピニストの姿を記録した映画『アルピニスト』か?
ドキュメンタリー映画とは、無残なものだと感じてしまう。
フリーソロ映像は圧巻の一言!!
自分は登山はするが、クライミングは若干高所恐怖症気味なのでしないが、面白そうだったので観に行った。
結果、フリーソロはヤバかった。命綱があって安全が確保されてても登りたくないくらい高い壁を命綱なしでスルスルと何百メートルも登っていく。一つのミスで命を失うこのスリルを楽しむかの如く、しかししっかりとした技術に裏付けされた安定の身のこなしと精神力は、もはや人間業とは思えないほど神々しい光を放っていた。それゆえに死と隣り合わせの無謀な行動にも思われて、フリーソロは世間的には認知されないだろうなとも思った。
これは憶測でしかないし、タッグ相手が悪かったということでもないが、皮肉なことにマークの最期がロープを使った単独でない山行だったことが、研ぎ澄まされた自然の感知能力を鈍らせた要因だったのかもしれない。
撮影に関して、どうやって撮影したのか、ドローンやロープを使って撮影したとしても、危険極まりないフリーソロの瞬間をあの臨場感で撮影するだけでもカメラ側にも相当な覚悟と精神力が必要だと思った。
なんにせよ奇跡的なリアル映像を観られただけでもこの映画には十分な価値があると思う。
下手なCGや特撮を超える迫力
ドキュメンタリー映画。
出だしの名だたるアルピニストの記録もビックリ。
そして本作主人公もロープ無しで崖を登る。
そして早い。
登山経験された事ある方なら、クライミングされなくてもこの凄さは理解出来るはず。
クライム中の記録は恐怖感すら覚える高度感。
CGや特撮使わずに生の実録の迫力が迫る。
そして誰もが思う、このようなチャレンジがいつまでも続かない事を。
ご冥福をお祈りします。
この映像が残っただけでも意義がある
すごい題名だなって思いました。ズバリ「アルピニスト」。
<アルピニスト=登山家の中でも特に高くて困難を伴う山に挑む、高度な技術を持つスペシャリスト>だそうですが・・・その呼称を題名にするってことは「彼こそが!」って想いがあったのでしょうね。
なぜ山に登るのか?そこに山があるから。登りたいから登る。息をするように、食事をするように、生活の中に登山があるような本作の主人公「マーク・アンドレ・ルクレール」。「フローソロ」という作品でもノーロープのクライミングの目もくらむ恐ろしさと挑む者(アレックス・ホノルド)の理解に苦しむ勇気に呆気を取られましたが、本作はさらに上をいきます。でも、本作はびっくり人間紹介映画ではなく、稀有な登山家のドキュメンタリーです。そして心から登山を愛した一人の若者のかけがえのない記録(になってしまった)です。
「フリーソロ」を見た時の感想と違うんですよね。「フリーソロ」は難関にチャレンジするアスリートのドキュメントって印象でしたが。マークはそれはそれはすごいことを成し遂げておるのですが、無邪気なただ山登り、岩登りが「好き」って気持ちしか見えないのです。(登攀タイムなんか二の次ww)
「わー、あそこから登りたいなぁ、よし登っちゃおう!きっと楽しぞー!」みたいな。小学生の頃、走るのが大好きで大好きでいつも走ってて、運動会では一等ばかりだった友達を思い出しました。劇中ナレーションされてますが、登る姿は美しいです。どこにも力が入っていないようにみえ、スルスルと頂上に引き寄せられるように登っていく様は選ばれた人なんだろなって思うほどでした。映画用で撮影した素材しかないのでその実績に比べ映像は少ないですがインパクト大です。(いるとするならば)山の神様に愛された人なのではないか?と思うほどです。そう、本作はそんな稀有な人物を知る作品なのです。彼が登山に、山に、自然に注いだ愛情を見る作品なのです。後半、失った彼女が語ります。「ハーケンに彼を感じる」と。本作は彼女にとってのハーケン同様に、我々含めた世間の胸にマイケルの存在を忘れさせない作品となったと思います。いい笑顔で登るんだよなぁ。
製作サイドは当初はこういう作品内容にする予定ではなかったはずですよね。いきなり起きた訃報でこのような構成になってしまったんですよね。もし彼が生きていれば、もっともっと厚い内容に
なっていたと思います。残念ながら、作品としても志半ば感があります。仕方ないのですが。
ありきたりですが、神様に愛でられた人は、神様が早くに呼ぶんですね、、、きっと。バイク事故で亡くなったGPライダー阿部ノリックを思い出しました。しかし、ローブ有り、非単独登山で命を落とすなんて・・・皮肉でしかない。 R .I.P.
一線を超えて突き進む人
常に一線を超えて突き進む人はある一定数いる。生命の危険を口にするものの、それだけの意味でしかなく、命の先にある虚空を求め続けている人にとって、現実的ではない非現実の山でしか意味を見出すことが出来ないのだ。この主人公はADHDということもあって、社会生活に辛さと不便さを感じている。そんな狭い中では何の意味もないし、生きる価値すら無いと潔くも自分の感性に従って人生を創り出して行く。誰もがそこに憧れと郷愁と不甲斐無さを感じるのだ。自然を相手にダイナミックに宗教をも越えた実感を得た者は見えないものを見つめ、届かないものに手を伸ばし、掴めないものを掴もうとする。そんな体験を誰もが出来る訳ではない。潔ぎよく生きれないのが人間だ。映像を通して、そんな超人を鑑賞出来ことは奇跡なのかもしれない。彼はもはやこの世にはいない。しかし、彼は間違いなく存在している。そんな気がするのは私だけだろうか?
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