EO イーオーのレビュー・感想・評価
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EOが行きたい場所とは?
サーカス団の一員としてカサンドラと共にサーカスを盛り上げていたが、動物愛護の精神が強くなると共にやがてサーカスの演し物としてのロバが許されなくなり、EOとカサンドラは離れ離れになってしまう。
そこからは、愛するカサンドラのいる場所へ戻りたいのか、EOはカサンドラの元へ戻る旅をします。余談ですが、ポーランドからイタリアは普通に考えたら飛行機が必要ですよ😅
EOが旅をしていく中で、シュールに描かれているのはロバ目線での人間の愚かさ。
そこが徹底的に拘ったなあという印象で、まるで現地にいるかのような錯覚すら覚えてしまう映像美もさながら、勝利のロバだなんてイザコザをはじめる人間達を不思議そうに見ている、その一方で銃殺される瞬間を見て心痛めるシーンもあったり、EOの良さが伝わってきました。
カサンドラのところへは戻れなかったけど、EOの理想郷であってほしいですね。
オトナ向けの環境アート系
“動物愛護”の名の元に、翻弄される一匹のロバの物語。
愛してくれる人と引き離され、生まれ育った場所から色々な施設へ、
転々とさせられる理不尽さ。
言葉を使わないロバの目線で淡々と描かれるのでセリフはそれほどありません。
赤と黒の光の明滅が印象的で、壮大な景色と音楽でアート感あります。
もの言わぬ動物が酷い目に合され続けるなんて…絶対泣く
そう思っていたけれど、実際は意外と涙は出なくて、EOの眼差しの他に、
人間に世話されている馬、毛皮を取るために飼われている狐。
どの動物も幸せそうには見えない。
EOが現れるのが唐突な場面も多々あったけれど、ファンタジーっぽさも必要だよね。
エンドロールの最後に、
「本作は動物と自然の愛から生まれました。撮影でいかなる動物も傷つけていません。」
そして、EOを演じた6匹のロバさんがクレジットが。
主役だからと1匹を追いかけまわして撮影したわけじゃなく、
動物のペースを大切に、大切に扱っていたんだなと確認できてほっとした。
無垢なロバの視点で描く映像が、意外に前衛的で驚かされる一作
一頭のロバがさまよう最中に出会った人々が、ある種勝手に騒動やドラマを繰り広げるという、一種の「彷徨もの」と呼んでも良いような種類の作品です。
無垢なロバの視点から人間社会を描くということで、もちろんそこには文明批判の視点も含まれているのですが、撮影監督ミハウ・ディメクが描くロバ”EO”の見る世界は、時に前衛的だったり、実験映画のようでもあったりして、むしろ人工性をばりばりに打ち出しています。かわいいロバのつぶらな瞳を愛でたいと劇場に足を運んだ人の中には、度肝を抜かれる人もいるでしょう(もちろん、かわいいロバの姿もたっぷり堪能できるのですが)。
ロバが主人公であるなど、本作はイエジー・スコリモフスキ監督が原案としたと表明している、ロベール・ブレッソン監督の『バルタザールはどこへ行く』(1966)の物語的骨格を忠実に引き継いでいます。さらに、彷徨した先で生じる事件を描いていくというリニアな構成と新奇性の高い映像の組み合わせという点では、『異端の鳥』(2019)も連想させます。無垢なるものに対する人間社会の暴力的な介入という面でも。
公式ホームページには、ロバ牧場のリンクも貼ってあるんだけど、本作見た後で心置きなくロバを愛でることができるかというと、ちょっと複雑な気分…。
ロバさんの幸せって。
予告映像の幻想的な色と空間に惹かれて鑑賞。ロバって本来どういう動物だっけと考えながら、意志を持つ脱走の旅路のあまりに不穏な幻想と悲しみを大きな瞳と共に延々と見つめ不本意なラストへ。人間愚かしや。ドローン撮影な場面は酔うわ。。
あらすじは正しく記載して欲しい(切です)
誰かが「どうみてもホラー映画だと思った」と
ポスタービジュアルを見た感想を書いていた。
なるほど、確かに色味や書体などはソレっぽい。
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本編始まってすぐの映像もホラーっぽいが
実際は全くそんな話しではなかったです。
むしろ映画com.にある「あらすじ」とも
全く異なると個人的には思います。(あるあるですけど)
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EOの思考が言語化され
観る側と共有できるのかと思わせますが
そんなこともありません。
またEOとは関係ないドラマが突如発生していて
「なんだこれ、何と紐づくのだ?」と理解に苦しみます。
強いて言えば、ただただ人間のエゴを
ロバの目線で客観視させられる、そんな感じ。
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眠たくなることはないけれど、退屈ではあります。
かなり評価が高いみたいですが
自分には全く面白さがわかりませんでした。
動物愛護を訴え、サーカス団は破産して
EOは保護されるけど、保護された先でも
「愛護」はされていないし、ラストはなぜそこに
たどり着いたんだ?と頭の中で???が乱舞します(笑)
ロバの目線を通して描く現代の寓話
ロバのEOのつぶらな瞳が非常に印象的な映画である。果たしてその瞳には、人間の醜い争いや理不尽な行為がどのように映ったのだろうか?物言わぬ動物ゆえに澄んだその瞳が雄弁に語る。鏡が人の心を映すが如く、そこにはきっと人と世界の真実の姿があったのだろう。
本作はロベール・ブレッソンの「バルタザールどこへいく」をモティーフに、ポーランドの鬼才イェジー・スコリモフスキが製作、監督、共同脚本を務めて撮り上げた作品である。
確かに「バルタザール~」の影響をかなり受けているように見えるが、ミニマリストの作家ブレッソンに比べるとスコリモフスキはどちらかと言うと映像派作家である。所々に幻想的な映像やシュールなシーン、人間の目線では決して捉えることができないような大自然の神秘的な美しさを配しながら寓話性に満ちたドラマに仕立てている。
例えば、真っ赤なトーンが横溢するオープニングシーンからして一種異様な禍々しさを感じるのだが、以降も”赤”は様々な場面で印象的な使われ方をしている。
カサンドラとの再会シーンでは、彼女の顔をバイクのテールランプが真っ赤に染め上げ、かつての純粋さが失われてしまったことを鮮烈に表現している。中盤の森、風車等を捉えた空撮映像、4本足のロボットの悪夢。後半では家畜を運ぶトラックの内装が真っ赤な照明で染め上げられていた。
他にも、本作で面白いと思った映像は幾つもある。
森の中に迷い込んだEOを狙う狩猟者のレーザー照射には不気味な怖さを覚えるし、古い建造物の地下に突如として現れる長い通路、豪水が滝のように流れるダムのシーンなんかも超然としたシーンで印象に残った。
こうしたシュールで禍々しいトーンが横溢する本作は、セリフが少ないからこそ余計に寓話性が際立ち、結果として独特な作風の作品になっている。
一方、物語も軽快に展開され最後まで面白く観れた。
「バルタザール~」はどちらかと言うと善人と悪人がはっきりとしていたが、この「EO イーオー」は人間の善と悪の二面性を強調した作りになっている所が面白い。
優しかったカサンドラはサーカス団を辞めてすっかり変わってしまったし、家畜を運ぶトラックドライバー、若いイタリア人司祭も善良な一面を見せる一方で下心や放蕩癖があったりする。こうした二面性は動物にはない人間特有の物だろう。EOがどこまでそれを理解し得たかは謎だが、しかし彼らを見つめるつぶらな瞳はすべてを見透かしているように気がしてならなかった。
それにしても、あのままサーカス団にいればEOは幸せだったのかもしれない…と思うと、このラストは何とも皮肉的である。彼がサーカス団を追われた原因は、動物愛護団体の批判を受けてのことである。それが結果的に彼を追い詰めてしまったのであるから、何とも居たたまれない話である。
現実世界に目を向けてみれば、環境保護団体や人権団体等、良かれと思って声を上げる人々がたくさんいる。しかし、彼らの運動が必ずしも世界を正しい方向へ導くとは限らない。作中ではそのあたりの矛盾を明確に提示しているわけではないが、そんなことも考えさせられた。直接関係はないが、昨今の小人プレレスやF1のグリッドガールの件を連想してしまった。
新しい映像体験ってこういうのを言うんだね
サーカス団で飼われていたロバのEOは、動物愛護団体のありがた迷惑な活動によって法律が変わり、牧場で保護されることになった。
元飼い主の女の子が会いにきてくれた事がきっかけで、女の子の後を追いかけて牧場を抜け出してしまう。
道中に猟師に撃たれたキツネ、サッカーの試合で一方では勝利のロバと持ち上げられて、もう一方の負けたチームから「お前のせいで負けた」とボコボコにされる。
治療されたが、後に奴隷のように労働させられたので逃げ出す。
売られて、移動中のトラックの運ちゃんが良心と下心から少女に食事を与えると、少女をエサにした強盗に殺される。
等など、EOがそこにいるだけで人間が勝手にトラブルを起こし、悲惨な結果が立て続けに起こる。
最後は牛の群れの中で戯れてるのかと思ったら、屠殺場の列に並んでいてオバちゃんに「早く行け」とムチでぶたれて、建物に入っていくところでエンド。
苦難を乗り越えて、最後に飼い主の元へ辿り着く、というようなハッピーエンドの可能性もあるかなと思ったけど、ひたすら本人と関係なく世界が進むという理不尽な展開で終わってしまった。
ロバの視点と心のイメージみたいなものが、新しい世界の見え方のように感じられて、斬新な気分を味わえました。
もう一度見たいと久しぶりに思った。
【人間の愚かさをロバの視点から描いた、超シニカル・ロバ・ロードムービー。道中会った、伯爵夫人を演じたイザペル・ユペールが魔女の如く怖いです・・。】
ー ご存じの通り、ロバと言えば愚鈍の象徴である。だが、今作はそのEOとサーカス団で名付けられたロバの視点から、人間の愚かさを喝破した作品である。-
■サーカス団から”動物愛護”の名の下、連れ出され放浪を余儀なくされるEO。人間の愚行と暴力に満ちた夜の街や山で、屡命の危険に晒される。
◆感想
・鮮烈な丹や、ダムの前でのシーン等可なりアーティスティックな作品である。
・だが、スコリモフスキ監督のメッセージは冒頭のシーンで直ぐに分かる。
ー 動物愛護の名の下、サーカス団を解散させるときに、わざわざ写真を撮らせるお偉いさんたちの姿。-
・サッカーで贔屓のチームが勝った事に喜ぶ人達に、偶々いただけなのに、宴会場に連れていかれて、挙句の果ては相手チームのサポーターの殴り込みを受け、EOも傷つくシーン。
・EOが殺処分された狐たちを運ぶシーン。突然止まったEOは係の男の顔面を蹴り、男は失神。だから、要諦類の後ろに居たら、駄目なんだって!危ないから!
■伯爵夫人を演じたイザペル・ユペールが息子に対し、接するシーンは怖かった。皿を割りながら、息子を責めるイザペル・ユペール。いやあ、堪りませんな。
<ラストのテロップが、コレマタシニカルである。
”この映画は動物と自然の愛から産まれました・・。”
嘘つけ!
今作は、愚かしき人間の数々の行為をロバ目線で描いたロードムービーなのである。>
<2023年7月2日 刈谷日劇にて鑑賞>
愛玩動物ではないがゆえに
動物放浪映画は数あれど、大抵は元の家族のところに帰るだとか、新しい居場所が見つかるというストーリーの縦軸がある。本作にはそれがなく、eoは常にアテもなく転々としている。
eoの立ち回り先で垣間見える人間模様を、オムニバス的に繋ぐのが彼の役割なのかも知れない。
経済動物であるが故、放浪していればすぐに人間に拾われ自然の厳しさに晒されることはないが、その身柄はやはりど不安定。必ずしも愛情や親切で拾われるとは限らないeoの役割を、犬や猫のではなく「ロバ」にしたのは絶妙なチョイスだと感じた。
ロバの瞳に映るもの、映らないもの
人間の身勝手さが際立つ
馴染みはあるのに実物を見ない
wikiでも記載されていたが、日本では200頭という説もあり、多くとも数百頭位だろうと言われているそうだ にしては、小さい頃からよく登場している動物である グリム童話や、ピノキオ、ロバ君、王様の耳はロバの耳、そして、びっくりドンキー等々w 家畜としては懐かないというデメリットを克服すれば、燃費と耐久性がよい、高性能な動物とのことらしい そんなロバがサーカスで飼われていた飼主の女性と離ればなれになり、数奇な運命を辿り、その先には人間のご都合主義の犠牲になったという哀しい寓話である
映像、音声とも、迫力ある演出が散りばめられている レーザー光線や、四脚ロボット等の未来映像も差込まれたり、主人公のロバ、馬やその他家畜の嘶きや鼻息、その発せられる自然の息吹が大胆にスクリーンに映し取られる 人間の都合に依る流転の旅は、それ自体が死の匂いを充分纏わせながら、しかしその運命のギリギリなキワを逸れ続ける強運さは強引なストーリー展開とはいえ、推進力として面白い 行く先々で手痛い巻き込まれに会いながらも、しかし一矢報いるシーンもあって、主人公の意志が観客に染込んでくる 勿論ロバにはそこまでの意識はないから、そう映るだけかもしれない でもそこを演出として編集する監督の伝えたい意図は充分感じるのだ
人間の愚かさや自然の美しさ驚異を、あのつぶらな瞳に映し続ける事で、観客は理不尽で厳しい、しかし運命のダイナミックさを体感できるのではないだろうか 主人公は唯々、飼主であり、パートナーである女性に逢いたかった しかし彼女は男の方を選び、そして主人公は牛と一緒に屠殺場へ・・・ なんと人生の苦みが迸る、辛いエンディングだろうと、その逃げようのない循環構造に、唯々自分の人生を重ね合わせるシンクロ性の高い作品であった
素晴らしい
スコリモフスキーは超人だ。キレッキレのショットと熟練技で、現代の最先端の映画を見せてくれた。現役バリバリの85歳。
「生き返る芸」を披露するサーカスを上から映し、その円環から“EO”の文字が現れるオープニング。EOの瞳の大写し。空中散歩をするようなドローン映像。動物を人格化せずEOの目線で世界を見る、こんな映画は初めてだ。
神は実に様々な形で存在する。宇宙や太陽、流れる透明な水、風、空を飛ぶ鳥、森の生き物、家畜や人間。万物はそれぞれが神が表現する様態のひとつだ。可愛いEOの無垢がそれを見事に物語る。
神は“自然の法則”そのものだから、超能力のような仕方では存在しない。宗教も奇跡も、サーカスの芸と同じでインチキだ。
そして人間は、インチキな神や王のように、動物たちにポジションをわりふって支配しようとする。
誰もかれもが抜きつ抜かれつ一方向に走り続けさせられる虚しい人間社会。科学の発展も止まることを知らない。人間の営みも自然方則のひとつだとすれば、もはやなすすべもないのか。
人間たちに酷い目にあったときにEOが見た4本足の機械の幻覚は、地上から動物がいなくなってしまい、機械が代用品として動き回る恐ろしい世界のイメージを思った。
動物愛護
主役は、人間の娯楽の為サーカスで酷使されていたロバです。
この映画はロバの視点で描かれます。
毛皮の為や狩りで殺されるキツネ、トラックで屠殺場へ運ばれるブタ…
心が、綺麗だったら、優しかったら、感じるはず。
撮影に使われたキツネは、毛皮農場から救いだされたキツネだそうです。
人間が着飾る為だけにキツネを殺すなんて腐った行為、毛皮なんか着たって心が腐ってるのに。
最後エンドロールで、
“本作は動物と自然への愛から生まれました
撮影で、いかなる動物も傷付けていません”
と出ます。
撮影中、動物達がストレスを感じず楽しく快適に過ごせるよう、獣医がケアし、適切な休憩を取り、気を配ったそうです。
本当に動物を虐殺した、最低最悪ゴミクズ映画『食人族』とは大違い。
ほのぼのと凄惨と。
赤の光が点滅する世界はEOの記憶なのかなぁ。赤の光ではないけど心象風景みたいな映像もあってあれらはなんだったのか…
サーカスが破産して、動物愛護団体にサーカスは責められ、EOを可愛がってくれた女の子と別れさせられ、EOは馬がいっぱいいる牧場に連れて行かれる。そこで馬が何頭か叫びまくってて、EOが棚倒して多分売られた。次はロバばっかりの牧場で、EOはニンジン食べないしなんか一人にされて外に繋がれてたら、サーカスの女の子がにんじんマフィンを持ってきて誕生日を祝ってくれた。でも、彼氏と去ったので、EOは柵を壊して女の子を追った。車に轢かれかけたので森に入ったらなんか野生動物でおどろおどろしかったけど、レーザーポインター的なのが光って、オオカミ?がEOの近くで撃たれた。人間のが怖かった。
で、夜があけてどっかの町のガラス越しに水槽みて叫んでたら消防車的な車が来て、防火服みたいなん着てる公務員的な二人に確保され、消防車的な車に連れられたけど、酔っ払いに綱外され一人で彷徨ったら、草サッカーの試合にでくわし、なんか勝ったチームのサポーターに勝利の神扱いされて、パーチーに連れて行かれたけど、負けたチームのサポーターにパーチー会場が襲われて、EOも、怪我させられる。
どうやら一命を取り留め、治療され、今度は狐みたいな動物を感電死させる(毛皮採取される動物かと思ったがわからん)施設で働かされる。音だけだけどギーギー鳴いてる狐的な動物がビリビリ音で黙らされる演出はきつかった。EOもきつかったんやろうね、飼い主の人間蹴っ飛ばして多分殺した。
人を殺したからか、わからんけど馬たちと一緒にEOは車に積まれた。サラミにできると言われているから、馬もEOも食肉にされる体なのかも?ギャンギャンうるさいロケンロールを流す運転手が、ガソリンスタンドで見繕いして(脇を手で拭き上げてデオドラント塗り込むのでケアしたことなるんか疑問)後ろからついてくる女の人を食べ物で車に連れ込む。
ポーランドの食べ物があると英語で言ってた。どうやらイタリアに入ってたらしい。ついてきた女性はアフリカ系。地中海渡ってきたんかな?食いもん与えてセックスどう?とゆったら女性は逃げた、下卑た感じでザーンネンって運転手が独りごちたら、いきなり喉を切られた。さっきの女性に!びっくりした!
で、車が壊れたイケメンが、殺人現場で繋がれてるEOを気に入って、家に連れて帰った。その道すがら、これまで肉を食べた、サラミも食べたとゆってたから、ロバをサラミにするのは一般的みたい。知らんかった。
んで、イケメンはなんでか聖職者らしくて、いきなり出てきたイザベル・ユペールの前で儀式?をしてた。どうやらイザベル・ユペールはイケメンの父の後妻?っぽかった。イケメンはなんでか仕事クビになったっぽかって、その理由を全然言わんのやけど、いわんままユペールの頬から耳、首に触れ、顔を近づけたので、禁断の愛的なやつなんやと思う。
EOはイケメンの家(豪邸)の庭で、草をはんでいたが門が開いているのに気づいて、出ていってしまった。そして、牛の群れに紛れてしまって、なんでかついていったら、どうやらこれから屠殺される牛の群れだったらしく、大きな切断音的な音で映画は終わった。
多少間違ってるかもだけどあらすじはこんなんだった。間の赤白点滅と、よくわからん丸いところを馬の走ってる映像とかがあった。セリフ少なめで時々眠くなったけど、急に誰かが死んだり殴られたりするからそこで目が覚めた、の繰り返しだった。人間蹴っ飛ばして死なせたところからは眠くならなかった。
ロバってぬいぐるみみたいに毛がホワホワしているんだなぁと思った。近くで見ても思うかはわからないけど、可愛いなぁと思った。
ぽてぽて歩くEOはかわいかった。でもあの子が何考えて何を求めてたかはわからんよね。
つか、ロバを媒介にして、描いているのは人間だから。EOは(演じた実物のロバはいるだろうけど)現実にいるロバじゃないから。人間の作った世界を映す何か、だもんね。
人間の美醜を見せたんだと解釈した。
人間って勝手よねって思った。
穿った見方なのかもしれないけど、動物愛護って、肉を食べるなってことを含んでいるのかな?って思った。
わたしは肉食をやめないと思う。美味しいし。肉だけ食べたいわけではないけど、肉も魚も食べ続けると思う。それが虐待と言われると、否定はできないけど、生き物が生きるって、他の生き物の生命を喰らうってことを含むんだから、動物愛護を完成するためには人間は滅びますってことじゃないの?
動物は食べちゃダメで、魚はいいの?植物は?命を喰らわず何食べんの?人類は存続させたい、でも動物は食べちゃいけないって何なん?何したいん?って思う。
そんなかんじで、肉食否定を掲げられてるのだったら、受け入れ難いなぁ。勉強不足なだけかもだけど。
ドラマチックなロバの目を通して見る人間は
動物に、そして人に優しくあれ
およげたいやきくん
その昔、「およげたいやきくん」という歌が流行って、それを初めて聞いたときの物悲しさを思い出した。
人間にとってのロバは、使役するか、(頻度は低いが)ペットにするか、食肉にするか。その3つしかない。
ロバのロバ生は、自ら進んで選べるものではなく、遭遇する人間次第で決められてしまう。サーカスでは使役、相棒のカサンドラに愛される幸せな生活だったが、別の、「人」の手でその生活を奪われる。
人にされるがままのEOが、カサンドラのところに戻るべく、自らの意志で旅に出る、広い世界に出ていく。
だが、行く先々でも、会う人次第で境遇が変わり、最後に託された人の選択は「食肉」。
たいやきくんは、自分の意志で広い海に出ていくが、結局人に食われる。
しょせんたいやき、たいやきとはそもそも食われるために存在する。
ロバも、ロバである限り食われるもの。
どうあがこうと結局持たされた役割の通りになっていく(当然に!)、という摂理が哀しい。
EOが、つぶらな瞳が可愛いおとなしいロバさんなので、なおさら哀愁がつのります。
イエジー・スコリモフスキ監督が意図したことかどうか分かりませんが。
EOが放浪する中で、様々な「人が生き物を殺める」バリエーションが出てくるが、虐待目的でしているもの以外は簡単に善悪に区別はできない。ニンゲンも生きているからには害になるものは排除が必要だし、食料にするためにそうする必要もある。生産農家は家畜の命をいただくのが生業だ。どれなら許せてどれが許せないか、当事者でなく、切実でもない人たちが線引きすべきではないと思う。
あの人のもとへ。
共に過ごしたカサンドラ(女性)と離ればなれになってしまうEO(ロバ)の話。
サーカス団の男一人がEOに荷車を付け荷物を運ばせてた処を動物愛護団体に見られ動物保護としてEOを連れていかれてしまいカサンドラと離ればなれになってしまう、カサンドラとの再会を夢見るロバEOの冒険ストーリー。
カサンドラを求めてEOの旅というストーリーは嫌いじゃないんだけど途中のサッカー試合後の酒の席の乱闘や、EOの荷台に乗せてたトラックの運ちゃんの首を切られる描写はちょっと個人的にイヤだったかな、ストーリー上しょうがないにしても。
あと基本動物好きな私なんですが、EOがバットで殴られるシーンはいくら作品とはいえ観ていて気持ちのいいものではなかった。去年、一昨年に公開された「ハウ」って作品を思いだしてしまった。
ラストのシーンの牛に紛れてEOはどうなったんですかね?
全84件中、21~40件目を表示