「五感で楽しむパク・チャヌク」別れる決心 唐揚げさんの映画レビュー(感想・評価)
五感で楽しむパク・チャヌク
ある山で山頂から男が転落する事故が起きる。
自殺か。他殺か。
容疑者として浮上したのは男の妻であるソレ。
捜査を進めるほど妖しくも美しいソレに次第に惹かれていく刑事ヘジュン。
それぞれの想いが交錯し、2人の愛は思わぬ方向へと進んでいく。
待ってました!パク・チャヌク監督最新作。
なんだかんだで映画館でパク・チャヌク映画を観るのは初めてだったので公開前からかなり期待していた作品。
覚悟はしていたけれど、やはり難解だった。想像の10倍難解だった。あらすじは分かったけれどどこか納得がいかない。
ただ、彼の映画はいつも後味が最高だ。
この難解さゆえに、そこに隠された真意を少しずつ読み解いていくとなんとも言えない味わいがある。
今回もそうだった。
観賞後すぐは「面白かったけどちょっと微妙かな」なんて思ってしまったけれどとんでもない。
おもしれ〜!
山に始まり海に終わる。
この山と海の二項対立が素晴らしい。
水が山から海へ注ぐように、2つの事件は愛を運ぶ。
この物語をただの浮気映画として片付けたくはない。
愛し合ってはいけない2人の間にあったのは純粋な愛だ。
不敵な笑みも幸せ溢れる微笑みに変わる。
魔性の女によるサスペンスロマンスかと思えば、刑事と容疑者によるスリリングなラブロマンスではないか。
韓国語と中国語という言語の壁も、2人が交わることのないはずの禁断の関係であることを印象づける。
翻訳アプリで翻訳して言葉を伝えるシーンには微妙なニュアンスの違いなども表れていそうでさらに深めがいのある演出であった。
そして、この映画の最大の特徴といってもいいのが監督の映像表現の巧みさだ。
独特なカメラワークは1番に印象に残るし、その端々に巧さが光る。
パク・チャヌク監督といえば、過激なエログロが得意なイメージがあるが、今回はそういった直接的な描写をほとんど省いている。
にも関わらず、ひたすらエロい。
ヌードやグロテスクなカットは目を惹くが、それをなくしてここまで官能的に描けるのにプロの技術力を感じる。
リップクリームにそんな力があるとは。
目、鼻、口、耳、手、足……
体のパーツがフォーカスされるカットが何回もある。
見つめ合い、匂いを嗅ぎ、食べ物を味わい、音を聴き、手を重ね、歩み寄る。
五感を研ぎ澄ませるうちに自らも映画の世界に飲み込まれていく。
まるで張り込み中のヘジュンのように。
愛は苦しくて心地良い。
甘美な香りに誘われて迷い込んだ愛のラビリンスからは永遠に抜け出せない。
パク・チャヌク、危ない沼だ。
胸に刻まれるラストの情景。
必死になって踏み固めた靴紐を結ぶ足元。
波が攫う砂の山、地平線の向こうに沈む夕日。
それぞれは何を思いこの結末を迎えたのか。
様々な解釈の出来る結びに未解決のままで良いのかもしれないと思った。
眞島秀和にしか見えないパク・ヘイルとオーラのオンオフが恐ろしいほど美しいタン・ウェイ。
この2人にしか出せない空気感、素晴らしかった。
これだけではとても語り尽くせない。
138分と確かに長めの映画ではあるが、カンヌ監督賞も大いに頷ける傑作。
再鑑賞を検討したい。