「私の中でお眠りなさい」別れる決心 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
私の中でお眠りなさい
ポール・ヴァン・ホーベン監督『氷の微笑』(92)のシャロン・ストーンとマイケル・ダグラスが純愛をするとしたら一体どんなストーリーになるのだろう。パク・チャヌクはもしかしたらそんなことを考えながらこの本作を撮ろうとしたのかもしれません。ファム・ファタールは必ずしも悪女である必要はない、そこがこのサスペンス・ロマンの起点だったような気がするのです。
聞くところによると、中国人女優タン・ウェイをあて書きにしたシナリオだというのです。彼女のデビュー作である『ラスト、コーション』(07、アン・リー監督)を偶然映画館で見たことがあった私は、魅惑的な裸身を本作においても大胆にさらしていただけるのか、と半ば期待して劇場に足を運んだのですが.....パク・チャヌクに見事裏をかかれてしまったのです。お得意のエロスと暴力シーンはあえて抑えめにしたとのこと、残念!
そんな二人のラブシーンはキス一回だけとなんとも薄味なのですが、なぜか本作はエロい、エロいのです!成瀬巳喜男は最高傑作『浮雲』の中でやはりキスシーン1回だけでズブズブの男女関係を描いて見せてくれましたが、ハードルを自ら高くしてそれをやすやすと飛び越えてみせるなんて芸当は、巨匠ならではの実にストイックな演出といえるでしょう。本作はまた、殺人事件の真相や恋愛の結末も霧の中に隠してハッキリとは見せていない、マイナス演出が魅力の1本といえるでしょう。
劇伴にマーラーのアダージョが使われていて、これはもしやと身構えて見ていたら、やっぱり出てきました。海に向かってソレが指さす写真。それをご覧になって皆さん何か思い出されませんでしたか?そう老マエストロの禁断の愛を描いた『ベニスに死す』のラストシーン。実は美少年タジオとは違って、ソレはまったく違うことをしていたことが後でわかるのですが....巨匠チャヌクここでも余裕で遊んでいます。
パク・ヘイル演じる刑事ヘジュンは、料理上手の恐妻家、しかし、殺人事件捜査となると目の色が変わる仕事バカ。自分が担当した未解決事件のことを考えて夜も眠れなくなるほどに。夫殺しの容疑者ソレ(タン・ウェイ)を見張っているうちに、(あくまでも精神的に)ソレに惚れてしまうのです。アリバイを見破られながら自分に情けをかけてくれたヘジュンを、ソレもまた心から愛してしまうのです。だけど2人は刑事と容疑者、決して結ばれてはならない禁断の間柄なのです。
ソレの最初の夫が山から滑落死、まったく別件の犯人はヘジュンに追われ丘の上へと追いつめられます。そしてヘジュンはソレにある山の頂上に呼び出されました。「韓国へ渡ってあなたの山を見つけなさい」ソレは別れ際母親からそう告げられたのです。その昔ジュディ・オングが女は海♪と歌っていましたが、折角見つけた頼りになる優しい私の山(男)が、海である私のせいで“崩壊”してしまった。ゆえにソレはヘジュンと別れる決心を固めたのではないでしょうか。