劇場公開日 2023年2月17日

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「これぞ韓国ノワールの奥深さ」別れる決心 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0これぞ韓国ノワールの奥深さ

2023年2月21日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 事件そのものはいたってシンプルなのだが、本作の肝はヘジュン刑事と容疑者ソレのスリリングな心理合戦にあるように思う。
 いわゆるフィルム・ノワールではよくある構図であるが、本作はその過程をじっくりと描いて見せている。この微妙な距離感に見応えが感じられた。

 また、ソレは両親を早くに亡くして中国から韓国に渡った女性であり、介護士の仕事をしながらDVの夫に苦しめられているという過去を持っている。これだけの不幸を積み上げられると、どこか同情心も芽生え、単に悪女というカテゴリに収まりきらない魅力を持っている。彼女の存在がこのドラマを支えているような気がした。

 製作、監督、脚本はパク・チャヌク。稀代のストーリーテラーらしく、今回も物語は二転三転する内容で最後まで面白く観れた。冒頭の山岳転落事件は中盤で一応の解決を迎えるのだが、ここから更に物語は意外な方向へと向かい、チャヌクらしい捻りの利かせ方でグイグイと引っ張って行ってる。その中でヘジュンとソレの密かな恋慕が切なく静かに盛り上げられていて、観てて胸が苦しくなるほどだった。

 また、追う者と追われる者、見る者と見られる者、ヘジュンとソレの立場を巧みに交錯させながらスリリングなメロドラマに仕立てており、このあたりの手捌きも実に堂に入っている。
 例えば、”愛”を”崩壊”という言葉で裏読みさせたり、中国語と韓国語のズレの中に二人の心情の揺れを表現してみたり、指輪や靴、スマホ、食べ物、ハンドクリームといったアイテムを用いて互いの心情を繊細に紡ぎ出し、ヘジュンとソレの愛憎をクールに描出している。そのアイディアと手腕には唸らされるばかりである。

 また、チャヌク作品と言えば、初期の復讐三部作や「お嬢さん」のような、ある種露悪的とも言える見世物演出が特徴であるが、今回はそうした大見えを切るようなシーンは余りない。どちらかと言うと、全体をしっとりとしたトーンで包み込んでおり、作家的にも熟成されてきた感じを受けた。

 もう一つ、不意を突くようにユーモラスな演出を入れてくるのもチャヌク作品の特徴かと思う。本作で言えば、スッポン強盗にまつわるシーンがそうである。このエピソードはヘジュンと妻の関係を鑑みると余計に笑える。何かにつけてセックスレスによる夫婦の危機を口にするヘジュンの妻は造形面にこそ甘さを覚えるが、要所でユーモアを演出しており、こうした硬軟織り交ぜたチャヌクの手腕は実にしたたかにして見事である。
 ヘジュンの相棒となる刑事が前半と後半で2名登場してくるが、これもシリアスなトーンの中にホッと一息付けるユーモアを演出していて人物配置も冴えている。

 このように昨今のパク・チャヌク作品の中では、演出、脚本共にかなり出来が良く、改めて氏の手腕に脱帽してしまった次第である。

ありの