「ヨーロッパの自殺」ヨーロッパ新世紀 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)
ヨーロッパの自殺
R.M.N.って“ルーマニア・ナショナリズム”の略かなんかと思っていたら、まったく違っておりました。人間の脳の断面を撮影する“M.R.I.”の事だったのです。主人公マティアスの父ちゃんが脳腫瘍におかされていて、そのM.R.I.写真をスマホで何度も見ていましたよね。あれです。要するにこの映画、ルーマニアトランシルバニア地方の小村にスリランカから招かれた移民労働者を、不治の病“脳腫瘍”に例えているのではないでしょうか。自分たちのコミュニティに入り込みいつの間にか破壊していく厄介者として、移民の彼らを排斥する狭量な村民たち。現在EUにおける最大の脳腫瘍=移民問題を真正面からあつかった作品なのです。
実は、主人公マティアスの祖先も700年ほど前にルクセンブルクから渡ってきたドイツ系の移民であり、出稼ぎで働いていたドイツの🐑肉工場で暴力事件を起こし、家族がいるトランシルバニアに逃げ帰ってくるのです。移民労働者を雇用するパン工場長のシーラもハンガリーからの移民の子孫であり、マティアスとは昔恋仲であったらしいのです。若い働き手はほとんどEUの諸外国に出稼ぎに出ているため、パン工場は慢性的な人手不足状態。移民を最低賃金で雇用するとEU政府から補助金も出るため、会社側は何としても移民労働力がほしいのでしょう。しかし、ムスリム(実際にはカトリック)が手で触ったパンなど口に入れたくないと不買運動が起こってしまうのです。
今やカンヌ映画祭にお呼ばれされる常連監督となったクリスティアン・ムンジウのデビュー作『4ヶ月3週と2日』や『汚れなき祈り』、『エリザのために』を実際に観賞されると分かるのですが、一貫してグローバリズムが唱える新自由主義に懐疑的な立場をとっている保守派の映画監督なのです。一応映画は中立的な立場で撮られてはいますが、村民の雇用を唯一支えているパン工場のやり方に、あまりいい感情を抱いていないことは確かなようです。このトランシルバニアという舞台自体に、かつてハンガリーとルーマニアの間で領有権を争った歴史もあるそうで、もともと独立意識が大変強い地域らしいのです。
ルーマニア語とハンガリー語が劇中チャンポンで話されたり、かつてはドイツ人を、最近ではロマ族を領土から追い出した経緯もありーので、ナショナリズムという一言だけでは簡単には片付けられない複雑な人種的要素が絡んだ地域らしいのです。ドラキュラ伝説のモデルとなった暴君ヴラド3世は、この地から侵入を試みる他民族と幾度となく戦った英雄だといいます。トランシルバニアの地で暮らすハンガリー系の人びとは特に、自分たちの祖先が戦ったおかげで、オスマンなどの蛮族からヨーロッパを守ったという自負があるのです。
ムンジウはそんな閉鎖的意識が強く残っているトランシルバニア地方を、わざと映画の舞台に選んでいる気がします。古くからの因習が色濃く残っているこの地で、もしも肌の色が違う移民が暮しだしたらどうなるか。結果はご覧のとおり。村ぐるみで移民労働者排斥運動が起こり、ルーマニアに既に融和しているはずのハンガリー系、ドイツ系の村民もそのトバッチリを受けてしまうのです。映画の出来として、息子ルディが口を利かなくなった理由や、脳腫瘍の父親が、シナリオの中でうまく有効活用できていない点が悔やまれます。環境(移民)保護したら逆に増えすぎた🐻さんたち(間男)が羊(女)を襲う。左派グローバリストがやることなすこと全てにおいてどこか矛盾している気がするのです。