「内容だけでなく、題名から字幕まで秀逸」ヨーロッパ新世紀 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
内容だけでなく、題名から字幕まで秀逸
グローバル化の進展の結果、国境を越えたヒト、モノ、カネの移動が飛躍的に増加し、特にヒトの移動により異文化、異人種、異宗教、異言語をバックボーンに持つ人々が、同じ地域に同居する機会が増えるようになりました。その結果、元から住んでいた住人と、新たに移り住んできた移民との間に軋轢が生じ、様々なトラブルが発生しています。本作は、ドラキュラ伝説発祥の地と言われるルーマニアのトランシルヴァニア地方の田舎を舞台にした物語でしたが、程度の差こそあれ、日本も含めて世界的に生じている現象であり、「ヨーロッパ新世紀」という題名でありながら、全世界的な問題を取り扱った意欲作でした。
主人公のマティアスは、ドイツに出稼ぎに出ていましたが、職場で受けた差別発言をきっかけに暴力沙汰を起こしてトランシルヴァニアに帰郷。ところが故郷に待つ妻・アナとの関係は冷え切っており、一粒種の小学生のルディは口がきけなくなってしまっていました。身体が衰えた父親との関係も微妙。
そんなマティアスの故郷は、元々は鉱山の街として栄えていたようですが、主要産業の鉱山が閉鎖されて働き盛りの人達はマティアスのようにEU域内をはじめ他国に出稼ぎに出てしまい、逆に地元の働き手がいない状況。そのためマティアスの元恋人であるシーラが勤めるパン工場では、スリランカ人労働者を受け入れることになり、地元民との軋轢、というか、地元民が一方的にスリランカ人を追い出そうという騒動が生じることになりました。
スリランカ人労働者が特に問題を起こした訳ではないにも関わらず、「衛生上問題がある」、「彼らがこねたパンは食べたくない」、「ウィルスを運んでくる」など、非科学的な批判が噴出。また、パン工場で求人をしても応募がなかったにも関わらず、「地元の人間を雇わず、外国人に仕事を与えた」などといった無茶苦茶な声や、彼らがクリスチャンであるにも関わらずムスリムだと決めつけるなど、地元民の主張は支離滅裂で頑迷ではあるけれども、騒ぎは大きくなるばかりの状況を、臨場感溢れる映像でこれでもかと突き付けて来るのが本作の最大の特徴でした。
働き手が減ってしまった結果、移民労働者に頼らざるを得ない状況は、今の日本でも同様です。コンビニエンスストアやファーストフードの店に行けば、外国人の店員がいるのは当たり前。それ以外にも、農場や工場、看護師や介護士など、外国人労働者は広範な領域で働いているのが今の日本であり、トランシルヴァニアだけの問題でないことは明白です。
幸いにして日本では、実質的に国境をなくしてしまったEUほど深刻な状況になっていないと思われますが、低賃金で人手不足を解消したい財界の意向を反映し続ける政権が続く限り、早晩日本のあちこちにトランシルヴァニアのような状況が出来するであろうことは容易に想像できます。特に円安が進行した上、四半世紀に渡って賃金が低下傾向にあった日本から、海外に働き場を探そうとする日本人は増えることが予想され、そうなれば人手不足解消のためにはどうしたって移民労働者に頼らざるを得なくなるでしょう。
そうなった時に、我々はいかに行動すべきなのか?本作が問いかけるのは、そうしたことなのではないかと感じたところです。
因みに邦題の「ヨーロッパ新世紀」に対して、現代は「R.M.N.」。これは、Rezonanta Magnetica Nuclearaの頭文字を取ったものだそうです。RMNは、日本で言うところのMRI(核磁気共鳴画像法)という医療機器のこと。かく言う私も何度かMRIでの検査を受けたことがありますが、身体に磁気を当てて脳や内臓の状況を見る機器です。劇中マティアスの父親がMRIの検査をし、その脳の検査画像をマティアスがスマートフォンで何度も確認する場面があるのですが、題名はここから取られています。
非常に暗喩的な題名で、一体何を意味しているのかは人それぞれ解釈があると思うのですが、パンフレットによれば、「共感などの社会的スキルは脳の大脳皮質の表面で生成され、残りの99%は、人間が生き残るための動物的な本能が占めている」そうです。移民など、バックボーンが異なる人への共感が生まれるか否かは、大部分を本能に依存しているということであり、もしかすると本作で移民に反対していた人たちの強硬な拒絶反応は、本能的なものなのかとも思ったりしました。そうだとすれば共感が生まれることは極めて困難であり、現下の世界状況は極めて絶望的だと言わざるを得ないものだなと感じたところです。
それにしても、原題をそのまま邦題にする”安易な”選択が多い中、「ヨーロッパ新世紀」という名付けは秀逸だったと思います。
あと、トランシルヴァニア地方は現在はルーマニアに属していますが、かつてはオーストリア・ハンガリー帝国に属していたことなどがあり、言語的にはルーマニア語、ハンガリー語、少数ながらドイツ語が使われているそうです。映画の中でも様々な言語が飛び交っていましたが、ルーマニア語の白、ハンガリー語の黄色、ドイツ語や英語、フランス語などその他のピンク色の字幕で表示されており、中々凄いアイディアだと感じました。これにより、登場人物たちがそれぞれの言語にどういった思いを持っているのかということも感じられるように出来ており、本作の理解を深めるのには欠かせない仕掛けだったように思います。
そんな訳で、映画の内容はもとより、題名や字幕に至るまで趣向を凝らした素晴らしい作品だったので、評価は★4.5とします。