「不安定な世界が創る闇のなかに飲み込まれる移民・難民の現実」トリとロキタ 地政学への知性さんの映画レビュー(感想・評価)
不安定な世界が創る闇のなかに飲み込まれる移民・難民の現実
この映画は全く夢も希望もない世界があるという事実を淡々を強く訴えかける。アフリカから仲介業者を頼ってベルギーに行き着いた二人の姉弟が主人公だ。この二人を受け入れる社会はどこまでも冷たく暗いのである。約1時間半のこの映画は、見るものをこの暗い世界のなかにどっぷり浸らせてしまう。
主人公である姉ロキタと弟トリは本当の兄弟ではない。しかし実の姉弟以上に二人は固い絆で結ばれている。二人に決して大きな野望はない。姉ロキタは偽りの弟トリを学校に行かせて、家族に送金し、自分は家事ヘルパーになることを目標にしている。彼女はパニック障害を持ち、その心を支えていたのは偽弟のトリとの絆だけなのだ。
健気にそして必死にお互いを支え合って生き抜こうとする二人を表社会は受け入れない。代わりに闇社会だけがこの二人を迎え入れる。こうした人々に闇社会が提供する生きる術とは、薬物の売人、児童ポルノ、汚れた手段ばかりである。
純粋な二人に差し伸べられる僅か支援は、友だちが自転車を貸してくれるとか壁をよじ登るのを助けてくれるとか銀行で家族への送金手続きを代わりにしてくれるとか、あまりにも些細だ。そんな場面でしかこの映画の中の二人と喜びを共有することができない。
二人が唯一手にしている幸福は二人が一緒にいられること。この世界は二人のそんなはかない幸福さえも容赦なく奪ってしまう。政府からのビザが下りないロキタは、法外な価格の偽造ビザに光を見出し、更に深い闇に入っていく。そしてその闇は二人の絆さえも引き裂こうとする。奪われた絆を取り戻すために行動を起こした二人を待ち受けるものはあまりにも辛すぎた。
戦乱や貧困が無くならないこの世界にいったいどのくらい多くのトリやロキタがいるのかと思うと心が張り裂けそうになる。光が明るくなるほど、その影は暗くなる。二人を飲み込む闇社会を作っているのは輝かしい経済発展を希求する社会の仕組みなのかもしれない。
この映画を見て、筆者は短絡的に移民や難民を我が国も受け入れるべきだと言えない。かと言って、今の厳格な難民審査を支持する意図もない。難民・移民を受け入れることで日本の少子高齢化や人材不足の処方箋になり得る可能性はあるかもしれないが、そんな単純な問題では片付かないはずだ。
問題に答えを教えてくれそうな日本人がかつていた。アフガニスタンに医師として渡って命を落とした中村哲氏だ。彼は、医師として一人一人の治療に取り組むことよりも、病気の根本的な原因である衛生環境を改善することが最善の治療だと気づいて、用水路の工事に奔走し、アフガニスタンがアメリカの対テロ戦争の主戦場になった時もアフガニスタンにいて、そのアフガニスタンで命を奪われることになってしまった。
目の前の移民・難民に対する人道的支援が大切なのは間違いではない。ただ、これからも長く語り継がれるであろう中村哲氏を輩出した国として、なぜそのような人たちが発生してしまうのかという根本的な問題解決に対する取り組みに目を向ける国の国民でありたいと願う。