コンビニエンス・ストーリー : 特集
【最高に変で、最高にCool こんな映画ほかにない!?】
コンビニから異世界へGO 究極の映画的迷宮を
攻略できるか!? カオスな抱腹絶倒コメディを喰らえ!
どこにでもあるコンビニが、異世界の入り口だったら――? スランプ中の脚本家がトリップし、そこで妖艶な人妻と、束縛系の変人夫と出会い、奇妙な三角関係に陥る……。
三木聡監督作、成田凌×前田敦子共演の「コンビニエンス・ストーリー」(8月5日から公開)は、そんな好奇心を掻き立てられる設定で始まる。が、その先の物語展開は、おそらくあなたが想像している通りにはならない。なるわけがない。なぜなら三木聡監督の映画だからだ。
最高に変で最高にCool。究極の映画的迷宮に入り込むようなカオスな体験。本作の魅力はどこなのか、どう楽しめばよいのか、順を追ってご紹介していこう。
【あらすじ・見どころ】「時効警察」監督が放つ“シュールすぎる不条理コメディ”
スランプ中の売れない脚本家・加藤(成田凌)は、ある日、恋人ジグザグ(片山友希)の飼い犬“ケルベロス”に執筆中の脚本を消され、腹立ちまぎれに山奥に捨ててしまう。後味の悪さから探しに戻るが、レンタカーが突然故障して立ち往生する。
加藤は霧の中にたたずむコンビニ「リソーマート」で働く妖艶な人妻・惠子(前田敦子)に助けられ、彼女の夫でコンビニオーナー南雲(六角精児)の家に泊めてもらう。しかし、惠子の誘惑、消えたトラック、鳴り響くクラシック音楽、凄惨な殺人事件、死者の魂が集う温泉町……加藤はすでに現世から切り離された異世界にはまり込んだことに気づいていなかった。
監督は「時効警察」「転々」「俺俺」などが熱狂的な支持を受ける“唯一無二の鬼才”三木聡。最大の見どころは、シュールかつ不条理な物語展開――ツボにハマったらもう戻ってこられない、類まれな97分の映画体験をご堪能いただこう。
【キャスト】成田凌×前田敦子…巧みで艶やかな熱演
主役から脇役まで、豪華な実力派たちが結集。奇妙で濃密な異世界を舞台に超濃厚な存在感を発揮しまくり、目眩がするような怪演を見せつけている。
主演は、デビュー前から三木組への参加を熱望していた成田凌。さらにファムファタルな人妻役で前田敦子(すさまじい気合い!)、一見普通だが最も狂っている夫役の六角精児が物語をかき乱す。
さらにさらに、加藤の恋人で女優のジグザグ役に片山友希(超エキセントリック!)、三木作品の常連であるふせえりや岩松了、日本映画に欠かせない名バイプレイヤーの渋川清彦も。それぞれが「何もそこまで攻めなくても」というくらいの演技を披露し、異様な熱波を作品全体に送り込む。
【私はこう楽しみました】“映画を観るプロ”が座談会
「詐欺られることをも快感に思える三木マジック」
三木聡監督の作品と言えば“ナンセンス”というキーワードが浮かび上がってくる。熱狂的なファンが多くいる一方で、ほかのアクション映画や超大作などと違い、ひと目で「こう楽しめそう」と直感しにくいことも事実だ。
では「コンビニエンス・ストーリー」は、どんな面白さがあるのか? この記事では、魅力を紐解くために座談会を実施。映画.com編集部・オザキアキヒコがホスト役を務め、座談会を実施。長年三木監督の作品を解説してきた映画評論家・轟夕起夫氏、「コンビニエンス・ストーリー」のオフィシャルライターを担当した映画ライター・村山章氏に、本作の楽しみ方を語ってもらった。
※以下、文字数は多めですが、サクッと読める構成となっております。
【座談会参加者】
映画評論家・轟夕起夫…1963年東京都生まれ。キネマ旬報などでも執筆、近著(編著・執筆協力)に「寅さん語録」「冒険監督」がある。(Twitter:@NetTdrk)
映画ライター・村山章…1971年生まれ。映像編集を経て映画ライターとなり、「ぴあ」「映画.com」「SPA!」などに執筆。配信系作品レビューサイト「ShortCuts」代表。(Twitter:@j_man_za)
映画.com編集者・オザキアキヒコ…1989年生まれ。記事執筆・編集のほか、ページビュー分析やマーケティングなど広く担当。大学時代は自主マスコミ講座に所属していた。
■作品全体の感想は? 「設定の発明」「文学の香り」
オザキ:本作はとてもユニークな作品です。主人公・加藤(成田凌)とともに観客も異世界をたどるアドベンチャーで、鑑賞中に迷子になったら加藤についていけばよい……のですが、コアな映画ファンでもストレートに楽しみ方がわかるようなタイプではなさそうです。そこで、読者の皆様に私たちの“楽しんだ体験談”をお伝えするのがこの記事の目的。早速ですが、轟さんと村山さんは、本作のどんな部分を楽しみましたか?
轟・村山:……(顔を見合わせ、沈黙)
オザキ:えっ。
村山:(笑)。
轟:(笑)。三木監督は毎回、設定やキャラクターなどいろいろな“発明”をするのですが、今回も新しい発明をしてくれています。そこが魅力なんですよね。マーク・シリングさんという著名な映画評論家の方が企画・考案されているのですけれども、そこに三木監督が自分なりの解釈で書き換えた作品になっているのがミソでして。
オザキ:なるほど。
轟:コンビニという設定はもともとあったとしても、そこの冷蔵ケースの奥に人がいて、目が合ってしまってから、不思議な世界に引き込まれていく。この設定が絶妙だなあって。なかなかこの発想は浮かんでこない。浮かんだとしても実際に作ろうと思わない。
村山:面白いなと思ったのが、日本映画の研究をされているマークさんが、日本の映画史という見地では“異端”な存在である三木監督に企画を託したということ。もともとお2人は面識があって、マークさんは三木監督のファンだったそうですが。
轟:日本映画の歴史を背負ってないというか、むしろ自分から外れようとしている人ですからね(笑)。そのなかにマークさんの主義、日本に対する興味や批評が入っている。
村山:そこの融合・調和も今回の作品は面白いところかもしれませんね。江戸川乱歩や、泉鏡花のような幻想文学の香りも漂っています。レイモンド・カーヴァーの影響を公言されていますし。
■物語で描かれたこととは? すごく意味がありそう、でも意味なんてない…“神々の遊び”みたいな三木式“迷宮”を愉しむ轟:最初のマークさんのプロットは、最終的にラブストーリー的な要素が強かった。さらに「コンビニのなかにあるモノに消費期限があるように、人間にも消費期限があるんじゃないか」というテーマがあり、三木監督もそのテーマが面白いと感じて本作をつくっていったようなのですが、いつもの三木節で終わっているのがすごい(笑)。
村山:確かに作品を観ると、「人間にも消費期限がある」というもともとの設定がカケラも残ってない(笑)。さすがですよね。
一同:(笑)
轟:そのテーマをフィルムノワールみたいな世界のなかにぶち込んでみて、型をだんだん崩していくところが、本作の面白いところ。三木監督っぽいテイストでもあります。
オザキ:なるほど。
轟:描写の下敷きになっているモチーフがわかっていると、観ていて「ああ、こう遊んでいるのね」となれる。一方で、あまり意識しないで観ると「なにやっているのかな」と彷徨ってしまう危険性があります。でもそこも、「彷徨ってください」と目論んでいるはずです。
村山:三木監督ってナンセンス・コメディの名手だって言われていますが、作品を観ていると、各シーンやモチーフにすごく意味がありそうに見えるんです。
オザキ:本当にそうですね。
村山:コンビニというとても生活に身近な場所に、別の世界の入り口がある。「これは現代の日本社会の縮図か?」なんて暗喩があるのかなと考えてしまいそうになる。しかし物語を追っていくと、考えても考えても、最終的にはその答えなんてなかったりする映画な気がしてくるんです。
轟:それが“罠”ですよね。答えを探していくこと自体の喜び、面白さがある。
村山:そこがまた本作の素晴らしいところ。キャラクターも右往左往していますが、観ている私たちもうまいこと右往左往させられて、シーンの意味を必死で考えても、思ったところにはたどり着けない。寸前でスッと逃げられる。ある意味、神々の遊びみたいな映画ですよね。
轟:そもそも三木監督の作品には、大きな主張やメッセージみたいなものはないとすら言えます。本人も「謎が謎とわかってしまえば、それは謎ではない」と言っている。映画を観て、揺蕩うことが面白いんだ、というゲームに、我々観客がどれだけ付き合えるかの度量が試されているんだと思います。ハマると、そこがやみつきになってしまう。
オザキ:僕もこの作品を観ていて、理解したと思っていた物語やテーマが、急にわからなくなる瞬間を何度も味わいました。その手につかんでいたものが、実は砂で、手のなかからボロボロ落ちていくような。でも、それが面白かったりするという稀有な作品でした。
■例えばデビッド・リンチのように…“わかりやすさ”絶無が魅力 しかし“小ネタ”をたどれば面白い!オザキ:現在の日本における映画興行成績などを見ていると、評判の高い作品に観客が集中しています。やはり「失敗したくない」という消費者行動が強くあるんですね。そして合う・合わないがありそうな作品は敬遠され、わかりやすい劇的刺激がある作品が支持されているようにも思えます。
村山:そうですね。最近はそうした映画が世間にフィットしていますよね。
オザキ:しかし映画文化の可能性を広げるという意味で、“わかりやすさの逆”をいく作品があってもいい。この「コンビニエンス・ストーリー」は、まさにそのような映画だと思います。
轟:比べるのはどうかと思いますが、デビッド・リンチやコーエン兄弟のようなテイストが多分に含まれていますよね。観る側もある程度、その手のリテラシーを求められるけれど、それが掴めたら本当に面白くなる。
村山:でも、三木監督って信じられないぐらいシンプルなふざけ方をしてくるじゃないですか。例えば主人公の飼い犬の名前なんてケルベロスですよ(笑)。
一同:(笑)
村山:まあちゃんと考えるなら、ケルベロスはギリシャ神話に登場する冥府の番犬。クライマックスにも、冥界の神ハデスの世界とつながるシーンがあります。神話を取り入れるということは、なにかアカデミックな深みがあるのではと分析したくなるのですが、この映画がすごいのは、おそらくそれらのすべても結局はただのギャグであるということ。
オザキ:恋人の名前も“ジグザグ”だったり。ところどころクセが出てきます。
轟:そういう意味では、要所に出てくるサインをたどって、遊んでくださいというお膳立てを映画がしてくれていますね。
オザキ:まさに僕は、そういった細かいサインに乗って、最後まで本作を楽しみました。例を挙げるとキリがないんですが、ドッグフードの商品名が「犬人間」で、キャットフードが「猫人間」。最悪のポケモンかなにか? あとコンビニの外国人店員の名前。ギとかグとか一文字の名ばかりで、劇中の前田敦子さんに「あれで50音そろえたいわよね」というセリフがあります。などなど、引っかかりがちりばめられていますよね。
村山:外国人コンビニ店員の名前の件もスレスレですよね。本作は、シーンになにか意味を出そうとすると、作品自体が「なにがですか?」と居直ってくる。テーマを理解できそうな気がして前のめりに観ると、とたんにひっくり返される、という仕組みがとてもうまい。それが思いの外とても気持ちいいんですよね。
オザキ:武者返しみたいな映画です。
■三木監督は観客を喜ばせる“詐欺師”? 騙される快感に浸る稀有な映画体験轟:六角精児さん演じる南雲という男が森のなかで、オーケストラの指揮をするシークエンスがあるじゃないですか。本物のオーケストラではなく、CDで流している音楽に合わせて、南雲は指揮をするんですが、よく考えると狂った設定ですよね。
一同:(笑)
オザキ:本当だ、確かに狂ってますね。
村山:何も指揮してない。
轟:普通は、指揮に音がついてくるものです。そこに“ズレ”がある。三木監督の特徴です。(同監督の代表的ドラマ)「時効警察」シリーズも、主人公や関係者たちが時効になった事件に改めて向き合う物語。時間がズレていること、その違和感に気がつくと、いつの間にかハマっていく。これこそが三木監督の真髄だと思うんです。
オザキ:なるほど~……!
轟:前田敦子さんのセリフに、「いま私たちが見ている太陽は8分前の太陽なの。いま私が見ているあなたもほんのわずかだけれど過去のあなたなの」というものがあります。あれも時間がズレているという話なんですよね。しかし、再三言っているように、このセリフすらも本来的な意味はよくわからない物語構造になっている(笑)。
一同:(笑)
轟:詐欺師の巧妙な罠にはまっていくような感じがして、なにか人生の深みを得た、勉強になったという気持ちにさせられちゃう。これが不思議です。
村山:確かに、おっしゃるように、本当に詐欺にあってる感覚ですよね(笑)。でも詐欺の手口って面白いじゃないですか。詐欺師の映画も面白いし、この映画では監督自身が詐欺師でもある。映画の楽しみって、物語のなかで伏線が回収されたとか、なにか感動を得たとかだけじゃないと思うんです。それに気づくと、格段にこの作品の面白さが広がると思うんです。
轟:自分が詐欺にあったことがわからないと、あとからすごい請求書がやってくるみたいに困っちゃいますよね。けれど、本作は詐欺だと最初からわかっていれば、とても楽しめる。この作品はその意味で成功例だと思います。
■役者の演技について…MIPはジグザグ役の片山友希 「ナンセンスを真剣にやること」が求められるオザキ:成田凌さん、前田敦子さんをはじめ、キャストもとてもハマっていました。
轟:前田さんは、もはや怪優の域に達していますよね。ご本人の選択なのかもしれませんが、どの作品でも普通の役をほとんどやっていません。今回の彼女の役柄は、果たしてこの世にちゃんと存在しているのかも怪しい難しい立ち位置なので、戸惑う人もいるかもしれませんが、違和感はまったくないです。
村山:成田さんに関しては、これ褒め言葉ですが、いまクズい男を演じさせれば右に出る人はいないぐらい(笑)。でも、成田さんが演じると嫌な感じがしない。ほどよいファンタジー感がある。
オザキ:成田さん演じる脚本家は、プロットに行き詰まってこう言います。「面白い話、コンビニに売ってねえかな」。すごく他人任せです。
一同:(笑)
村山:そして、ジグザク役の片山友希さんも非常に良かったですね。三木監督の「大怪獣のあとしまつ」にも出演していましたが、今回も立ちっぷりが素晴らしかったです。ムリに良いところをアピールしようとしない演技と言いますか。
轟:聞くところによると、片山さんは三木監督の大ファン。この映画での自分の立ち位置も理解し臨んでいたのでは。で、観客が登場人物の誰に感情を移入するかといったら、ジグザグの気持ちが一番わかりやすい。決して普通にはまともじゃないキャラなんだけれど、あまりにも“まともじゃない人たち”ばかりなので、彼女が一等まともに見える、という。
村山:おっしゃるとおりですね。物語のなかで、実はちゃんと他者を気遣っていたのはジグザグだけかもしれない。
轟:よく、三木さんは「アドリブはどれくらいあるんですか?」と質問されるそうなんです、実は三木監督作にはアドリブってないんですよね。セリフも何もかも厳格に決まっている。
村山:そうなんですよね。
轟:意味がわからないまま、役者の皆さんが演じることもあるそうなんですが、監督に問いたださない。「これってどういうことなんですか?」と聞いちゃう俳優はたぶんアウトなんだと思います。身を任せる度量がある人じゃないと三木組では難しいのかも。
村山:それと、ナンセンスなことって、ふざけてやろうとするとダメですよね。真剣にやらないとナンセンスは成立しない。真剣にやる、そしてさらにプラスアルファを目指すみたいなところが、今回の出演者たちからも感じられました。
■「コンビニエンス・ストーリー」は三木監督の集大成 特異な感情を堪能しようオザキ:1時間にわたって三木監督の魅力を語ってきましたが、最後のトークテーマです。本作「コンビニエンス・ストーリー」は、三木監督にとって集大成的な映画だったのでしょうか? それとも通過点なのでしょうか?
村山:あくまでもナンセンスであることを目的にナンセンスな映画を作っていて、純度の高さという意味では、この映画は集大成……と言っていいのかはわかりませんが(笑)、もはやひとつの結晶みたいな映画じゃないかなと思います。
轟:僕は、かつての「図鑑に載ってない虫」「熱海の捜査官」ラインにある作品だと捉えていまして。つまり、この世とあの世があって、2つの世界をどうやって繋げるか、あるいは超えたり往復していくかという構造のバリエーション。その意味では、本作が最新形であり集大成だとは思います。が、しかし、三木監督は新たな“発明”のもと、まだまだ映画的に詐欺る“手口”を持っているはず。それを観てみたいですね。
オザキ:普通に生きていたら出てこない感情が、本作を観れば引き出されます。こういう作品を体験して、人生の深みとしていただきたいと思います。
<了>