「戦争がもたらすもの」戦争と女の顔 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
戦争がもたらすもの
イーヤが発作に苦しむ冒頭から一気に画面に釘付けになった。しかもイーヤはかなりの長身で、周囲の登場人物と比較すると明らかにサイズが一回りくらい大きい。そのビジュアルに一瞬ギョッとしてしまうほどである。彼女はマーシャから”のっぽ”の愛称で呼ばれており、本作の原題も”のっぽ”だ。
以降はイーサの置かれてる状況やパーシュカとの仲睦まじい様子が微笑ましく描かれていく。しかし、そんな和やかなシーンもここまで。発作を起こしたイーヤは、ある晩”取り返しのつかない事件”を起こしてしまう。それによって彼女の運命は過酷を極めていくようになる。
本作の監督はこれが長編2作目の新鋭らしい。ロングテイクと俳優のクローズアップを多用する豪胆無比な演出は新人らしからぬ大胆さに溢れている。ネタバレを避けるために書かないが、先述の”取り返しのつかない事件”を描くシーンもかなりねちっこく撮られており鬼気迫る迫力が感じられた。一体どういう演出をしたらこのようなカットが撮れるのだろう?
その後、パーシュカの実母であり戦友のマーシャが帰還し、映画は常にヒリつくような緊迫感が持続し、寸分もタルむことなく進行する。
緑と赤を巧みに配した色彩センスにも唸らされた。やや狙い過ぎという個所もあったが(例えば緑のペンキなど)、要所で鮮烈な印象を植え付けることに成功している。
上映時間2時間20分弱。正直、観終わった後にはどっと疲れた。と同時に、元女性兵士の悲惨な運命には色々と考えさせられるものがあった。
本作は戦争で心身を壊されてしまった女性たちが「死」の世界に「生」を見出すというドラマである。そこに母性讃歌のような深い感動を覚える。しかし、イーヤとマーシャの愛憎を見てると、単純に感動だけで片付けられない側面もあるような気がした。
イーヤは完全にマーシャに精神的に依存しており、それどころか友情以上の愛情を抱いている。マーシャのためならどんな犠牲も払うという献身ぶりは、観てて非常に辛かった。
一方のマーシャはイーヤの愛を知りながら、その思いを裏切り、踏みにじり、身勝手に振る舞う。彼女の凄惨な過去を知ると同情せずにいられない面もあるが、それとイーヤに対する無下なる態度とは無関係である。余りにも愚劣と言えよう。
こうしてみると、イーヤとマーシャの主従関係は、まるで上官の命令に絶対服従の”軍隊”のようでもある。
一見すると戦時下に芽吹いた女性たちの固い絆を綴った作品のように思えるが、冷静に考えるとそこには愛に盲従する人間の依存性といったものが見えてくる。人はこうも残酷になれるのか…人はこうも弱い生き物なのか…と悲しい気持ちになってしまった。
キャスト陣の熱演も素晴らしかった。
イーヤとマーシャを演じた女優は馴染みがなかったが、IMDbを見ると今回が映画初出演らしい。それでこの演技とは恐れ入った。凄まじい情念をほとばしらせながら夫々のキャラクターに生々しい息吹を吹き込んでいる。
他に、院長や全身麻痺の英雄ステパン、マーシャに入れ込む青年サーシャといったサブキャラが物語を上手く掻き回しており、夫々に上手く存在感を出していたように思う。