「笑って泣ける」エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス sさんの映画レビュー(感想・評価)
笑って泣ける
相互理解と優しさ(かと言って同化ではなく)で全ての問題を解決できたら、なんて素晴らしいんだろう。
実際は日々暮らしているうちにそんなの理想論だとニヒルな気持ちになってくる。
それを馬鹿馬鹿しいギャグ(に思えるがそれが普通の世界もあるかもしれない)を展開しながら「もう一度信じてみようよ」と応援してくれる映画。
シリアスなトーンで言われても「はいはい。そうですね」で終わりそうな話だが、このとんでも展開の連続で言われると、しんみり入ってくる脱構築感。
この映画を嫌いな人で
「もっと一般的に/普通に楽しめるものが見たい」と言う人は自分の価値観が世界の中心だと思っているのかな。
「ポリコレ的表現に辟易する」と言う人は、アメリカが移民の国で、昔から常日頃、多様性や他者と自己という問題に直面していることを知らない人だろうか。
ピルグリムファーザーズだって移民だし、その後も各地の移民グループによる抗争という問題はウエストサイドストーリーやフリーダムライターズにも見られる。
「欧米の美男美女が見たい」と言う人は、自分がアメリカに行ったら、そういう見た目の人間に撃ち殺されたり、侮辱されたりする可能性があるなんて思いもよらない人だろうか。
それは戦後GHQに完璧に育成された奴隷根性にも近い価値観の名残なのだろうか。
そもそも「アメリカの白人」や「欧米人」と言ったって均質な一枚岩じゃない。
気軽に「欧米」と口にする人には分からないかもしれないが、ユダヤ人、ドイツ人、イタリア人、ロシア人、その他にも沢山いて、それぞれ当事者からしたら見た目の違いがある場合もあるし、お互いにいけ好かないという場面もグリーンブックでも描かれている。
この映画は嫌いで昔のアメリカ映画が好きだと言う人は、今のアメリカ人よりもよっぽど、昔のある一時期のアメリカの価値観を内包した存在なのかも知れないと思うと文化伝播の観点からは興味深い。
ちなみに、キー・ホイ・クワンは「これがアメリカンドリームだ!」と言うまさにアメリカ人。ミシェル・ヨーはロンドンにバレエ留学していた後、香港映画に出たての頃なんて中国語を喋ることすらできなかったマレーシア人で夫はフランス人。
人は普段触れている情報によって趣味や受け入れられるものが変わるから、この映画を嫌いな人も存在するのは理解する。
普段から大量かつ露骨な情報を浴びている人にはなんのことないものでも、慣れてない人には嫌悪感を抱かせることはあるだろう。
こんなこと言っている自分もシェイプ・オブ・ウォーターの時には「猫を生きたまま頭からかぶりつく半魚人」は無理だなぁと思ってしまった側である。
あれは「人の姿をした内面化け物よりも、地球外生命体の姿をした(食べるものも違う)あなたに優しいものの方が素敵でしょ?」というのを終始見せる映画だった。
それに対して「そういう人もいるよね。応援するよ」よりも「言いたいことは分かるがどっちも嫌だ。その二択だったら自分は一人で生きるわ」が自分は勝ってしまった。
そういう意味ではエブエブはそれぞれの趣味嗜好を押し付けがましくなく、恋愛に限らず見せてくれたから自分はすんなり楽しめたのかもしれない。
そういえば、エブエブにも「一見可愛い子犬が可哀想な目に合う」ように思う人がいるような場面がある。
ただし、こちら超攻撃的でほぼグレムリンか肉食恐竜なので、払いのけて冷蔵庫にしまっちゃう(殺してない)くらいありうるかなと。
撮影時は勿論ぬいぐるみ(観客にも分かるようにモロ)だし、ペットをファッションかぬいぐるみ扱いする人への揶揄も感じる。
和解した相手のバディであるアライグマは一緒に助けに行くけど、いくら見た目が可愛いからって攻撃してくる相手は敵になってしまう。
この映画を今は大嫌いという人もこの先の人生で見たらまた違った感想を持つかもしれないから、そんなに怒らないで「まぁ、今の自分には合わなかった」と落ち着いてほしいな。
かつての香港アクション映画を作っていた人たちにも見てほしいけど、今の中国ではこの映画の存在自体が抹殺されるのかと思うと残念。ホラー版プーさんを上映禁止にするくらいだから。