ロストケアのレビュー・感想・評価
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見たいものと見たくないもの
本作では、反射物(鏡や机、ガラスなど)を用いた人物描写が多用されているが、これは劇中で大友(長澤まさみ)が語る「見たいものと見たくないもの」の象徴である。
斯波(松山ケンイチ)は自身の経験から、見たくないものに目を向け、殺人を「救済」と捉えた独自の正義を貫く。一方で大友は、法の観点から斯波の行為を殺人と捉えながらも、斯波の思想に耳を傾け吟味している。
その結果、大友は見たくないものであった父や母との関係性を見つめ直し、自分なりの答えを見つける。そして斯波は、いつしか見たくないものを見続けるあまり、人を失う辛さを見ていなかったことに気がつく。つまり、それぞれは表裏一体であり、白黒つけられるものではない。その点に言及するのが、羽村(坂井真紀)である。
羽村は作中で唯一、斯波に救われたと語り、梅田(戸田菜穂)とは対照的描かれている。特に、終盤での春山(やす)との会話の中で、「人は人に迷惑かけ合うもの」だと話しており、この言葉に表裏一体への理解が表れている。その上で、殺人の否定と救済の恩恵を提示し、本作の結びとして位置付けられている。
登場人物それぞれの気持ちが よく解る。
原作未読 故えに 予告編を頼りに
本作はミステリー的要素が多々ある映画だと想像して鑑賞しましたが、社会派映画でした。
「人の(両親の)人生の最後を一緒に看取る」という事は、
大変な事で、安易な事ではない。
お金は大してかからないが、"自分の時間"以外にも多くの事や人間関係、仕事。。。それ以外にも自分のプライベートの多々を犠牲にする事にもなります。
自分の人生の"ある期間"すべてを占めてしまう事です。
しかし僕達はロボットでもないので、見送り介護が自分の生活の中心に成ってしまう事を負担に感じてしまう事も当然あります。
それが「人としての是非なのか」と改めて考えてしまう映画でした。
長澤まさみさんは良い女優になりました。
この映画を観たら、看取られる側から描いた映画「ファーザー」と併せて観る事をすすめる。
終活してぽっくり死にたい
長澤まさみちゃんが見たくて何も知らずに鑑賞。え。思ったより重かった。。2日前にMER観て「死者ゼロ!」良しっっ!ってやってたのに(╹◡╹)
大友(長澤まさみちゃん)検事だし加代さん(藤田さん)あんな高級老人ホーム入れるよね。欺波(松山さん)介護士で安月給だよね。あの白髪はやり過ぎだけども、勝ち組負け組の話しかな?って思ったら。それにとどまらず。。。加代さん女手一つで保険のセールスでお金貯めて自分で入った言ってたけど、どんだけ稼いだんよw娘も検事にしてるしwって、ちょっとふざけないと触れるのがしんどいです。。
私が父子家庭で育ち、実妹は少しハンデがあり信じられない事をしでかすので疎遠気味です。わかっていても続くと怒りが抑えられません。そして初めての妊娠中に義母の介護、看取りを経験しました。家族、絆、呪縛、見たいもの、見たくないもの。。突き刺さるワードが多く辛いシーンが続きます。大友、欺波の掛け合いもお涙頂戴的な感じでなかったので、フィクションを見ているかの様でした。正解がわかりません。。殺人は絶対だめなんだけど。。何なら欺波間違ってないのかも。と思ったり。。でも裁判で戸田さんが叫んだとこで、心が少し戻りました。介護中は死んでくれって思ったかも。死んでしまったけどホッとしたかも。でもやっぱり他人に殺されたっていう事実には怒る感情。人間的。一方で酒井さん。介護から解き放たれて安らぐ時間をもてた。現実味がある。やすナイス^ ^
自分が将来寝たきりとかボケたら安楽死したいなって思うけど(出来ないけど)もし父ならば、、1日でも長く生きて欲しい!と思う矛盾。もうそれは本人がどう思うかじゃなくて自分の気持ちが優先になってしまうと思う。正作さん(柄本さん)は殺してくれって頼むけど。わかるけど!欺波の事を思ってだし、このままじゃ共倒れ確実だし、自分もはっきりした意識のまま死にたい。って。わかるけど!子供にその選択をさせないでおくれよ泣泣 と、もう私では正解はわかりません。。
そんな正作さん演じる柄本さん!最近は息子さん達大活躍だけど、父ここにあり!で見事でした!足立由紀さん(加藤さん)はなぜそーなったw
_φ(・_・痛いほどわかる
小生も父親の面倒を見ていた時期があります。介護というより介護費用を月数十万払っていた時期があり、これがいつまで続くんだろうかと不安な日を過ごした覚えがあります。
辛かった、、、毎月手取りの半分が消えていくのですよ。父は呆気なく亡くなりましたが、死んだ時悲しい気持ちになりましたが、どこかホッとしたのを今でも覚えています。
この恥ずかし思いを兄弟に話したらみんなそうだったようで、今では笑い話になっています。この映画の肝は誰かにその思いを話すこと。話すことでくだらない考えを昇華させること。ですが誰かに助けを求めることができない人がたくさんいるのでしょう。そして嘱託殺人。悪循環の始まり。なんとかならないですかね、、、、。
自分の未来を考えさせられる映画
公開前夜祭(舞台挨拶付き)を鑑賞。
予告から、センセーショナルな事件を扱うストーリーを想像していたが、穏やかでどこにでもある介護現場と介護士たちの日常、介護する家族たちの日常や現実など、自分自身に置き換えて考えさせられる作品だった。
何が正しいのか、答えはわからない。
主演の松山ケンイチさん曰く「佑くんになったつもりで演じた」という柄本明さんとのシーンには胸を締め付けられた。
人生の「盛り」は、コドモが小さくて親も若い頃
人生の「盛り」は、コドモが小さくて親も若い頃。自分しみじみ、実感があります。
斯波の父が昔のアルバムを見たがる、大友の孤独死した父がそばにおいていたのは若い自分と小さい娘が写った写真。老いて壊れていく自分を止めることができない老親が心の慰めにするのはその頃の幸せな記憶に浸ることだ。
世の中にはいろいろな親子の形があって、毒親なのに見捨てることができなかったり、親を愛するがゆえに自分の人生を潰さざるを得なかったり。
「絆は呪縛」その通りと思いました。絆があるがゆえに自分を潰して仕えないといけない羽目になる。
もっとドライに、介護する側される側がお互いの幸せのために、介護を家庭の外の他者に託すことはできないのだろうか。介護地獄と生活苦がいちどに押し寄せたら、いっそのこと、というところに追い込まれてしまうのも無理はない。行政の支援はどうなんだろうか。
検事・大友の言葉よりも斯波の言葉のほうが説得力がある。というより、大友の言葉が屁理屈に聞こえることが多い。クリスチャンとして聖書を学んだ大友よりも、読みこんだだけの斯波のほうが聖書の教えの本質を理解しているんじゃないか、という気がする。
それにしても検事が直接事件捜査するもんなんだろうか
前半は見たのを後悔した
仕事で高齢の方と接する機会が多かったころ「老いる」ことが、本当に怖かった。まだまだお元気な方ばかりだったのに、どうしてこんなことが出来ないのだろう、どうしてこんな簡単なことがわからないのだろうと、不思議だったしこれが老いかと恐ろしく思っていました。この映画を見始めて、すぐに見なければよかったと後悔しましたが、徐々にひたすらに映画の世界に没頭しました。自分を愛して育ててくれた親を、介護の辛さに憎んで死んでほしいとまで思ってしまう、自分を愛してくれなかった親を捨てられず人生を破滅させられる無念さ、人生の過酷さを目の当たりにして苦しくなります。
柄本明さんの演技は圧巻でしたね。なんとか聞き取れるギリギリの発声に、まるで自分の親の訴えを聞き取ろうかとするように、全身全霊で耳を傾けていました。自分だったらどうするだろうか、斯波のような選択をするのだろうかと、ずっと考えていました。
大友が抱える罪悪感は理解できますが、貧困の末に自分の親を直接手にかけた斯波と、幼い自分と母親を捨てた父親を見捨てたと罪悪感を持ち続ける大友。同じか?の疑問が最後まで消えませんでした。
洋子さんと春山さんの熟年カップルの幸せを祈ったり、やっぱり猪口さんは頼りになるなぁとホッとする場面もあり、重いだけの映画ではありませんでした。鑑賞後は、意外とすっきりした気持ちになったのは不思議でした。
メッセージは響くが、映画としてはひねりがない
誇張しすぎともいえる介護の苦労や悲惨さにより、観ていていたたまれない気持ちになり、自分に照らし合わせて考えられる。また、正論を振りかざす主人公を論破するさまは半ばスカッとするとともに、長澤まさみは見事なやられっぷりな演技である。
ただ、映画としては、いささか表現がストレートすぎるし、こうしておけば響くんじゃないかというのが見え透いて興ざめもしてしまう。
絆とかの話をするのであれば、もっと丁寧に描いてほしかった。
主演2人の迫真の演技はみもの。
2023年劇場鑑賞63本目
これをみて世の中日本の未来を考えるべき
期待をあまりしないで何気なく長澤まさみと松山ケンイチたから鑑賞。
面白いというのは言葉が違うけど引き込まれて考えさせられ、観賞後もなんかひきずる
誰もか訪れるかもしれない親の介護。高齢化社会において何一つ明るく感じられない未来。
これを国の政治家たちはどうしてくれるのか??
介護するのも地獄、介護されるほうも地獄。
目を背けたくなるがこれはみんなに観てもらい考えたほうがいいと思います。
柄本明と松山ケンイチのやり取りは切なくてさすが!!と、思った。
柄本明はどの映画やドラマでも出演時間に限らず爪痕残す素晴らしい俳優さんですね。
タイトルなし
役者さんのいい演技に感情移入してジーンときても、シーンごとにブツッ、ブツッと感情が切られてしまう感じがして、シーンの繋がりがあまり良くないように思った。
また、物語の展開が派手ではないので、役者が一対一で対峙するシーンも多いのだが、カメラが不必要に移動したり、ガラスにうつった顔をアップで長くとらえてみたりと、ノイズに感じてしまう演出が多かった。先日鑑賞した「ザ.ホエール」と比べてしまったが、あちらは余計なことをしていなかったので、最後まで俳優の演技に浸れたと思う。
最後は救いで終わることも期待したが、今後自分も経験するであろう親の介護や、自分自身が子供に介護されることを思うと、ザホエールのように自分で決着をつけて浮き上がってThe Endというわけにはいかないのだなとしみじみ感じた。
ずんのやすがカッコよく見える
本作は長澤まさみ演じる検事大友と松山ケンイチ演じる殺人犯斯波の
「尊厳」を生に見出すか死に見出すかを問う会話劇。
哲学的な会話劇を補完する画の撮り方が実に見事だと感じた。
対立する2人の人生のバックボーンは検事大友の仕事場と殺人犯斯波の自室によって
顕著に表れている。
そして、皮肉にも数多くの書物に囲まれた検事大友の言葉より、ほとんど物がない殺人犯斯波の言葉の方が説得力に富んでいる。
「経験者」が語る言葉の重さはどんな規範も倫理も陳腐なものに感じる。
あえて求刑や判決のシーンを入れなかったのは私たちに考えさせるためだろう。
そして、私自身が斯波の定義する「安全地帯」から「抜け出せない穴」に
落ちた時にどう思考し、どう行動するのか?
正直今の自分には想像もできない。
少なくとも分かることは
「自分は今とても疲れているということ」と「酔っぱらって気持ちよさそうに寝ている父の顔」と
そして、「ずんのやすがかっこいい」ということだけだ。
検察が正しいのかわからなくなる
ある早朝、民家で老人と訪問介護センター所長の死体が発見された。死んだ所長が勤める介護センターの介護士・斯波宗典が犯人として浮上するが、彼は介護家族からも慕われる心優しい青年だった。検事の大友秀美は、斯波が働く介護センターで老人の死亡率が異様に高いことを突き止め、取調室で斯波は多くの老人の命を奪ったことを認めたが、自分がした行為は救いだと主張した。さてどうなる、という話。
本当に介護で疲れた家族を救うにはどうしたら良いのか、考えさせられる。
検察が正しいのか観ているとわからなくなる作品。
ある意味、日本では非合法の安楽死制度が有れば良いのだろうか?
松山ケンイチの渾身の演技が素晴らしい。
松山VS長澤
重厚過ぎるテーマ。
演技のガチンコ対決。
前半は謎解きサスペンス。
後半は法廷人間ドラマ。
全体として変わり身キャラが多い。
斯波(演:松山)はもちろん、所長や、
見習いの女のコ、足立由紀(演:加藤菜津)など、
よりにも風俗て(笑)
まぁ、それだけ壊れてしまった…とも取れるが。
被害者の娘、梅田美絵(演:戸田菜穂)も、
「あんないい人が…⁉」みたいな感じだったのに、
判決時には「人殺し!」と気も狂わんばかりに取り乱していたのは何故か?何があった?
同じ被害者の娘の羽村洋子(演:坂井真紀)との対比にしてるのかもしれないが。
最後の面会の後、斯波の様子をちょっと描いて欲しかったところ。
ある意味、柄本劇場(笑)
ストレスでハゲないタイプ
検事が殺人鬼を追い詰めていくという単純な話では済まされないのが今作。
犯人の動機から話が大きく広がっていく。感動作。
良い点
・題材、価値観
・演出、シーンの割り振り方
・裁判の女。綺麗にさせすぎない良演出。
悪い点
・検事の助手がキャラクター性のわりに作品関与度が低くバランスにやや欠ける
その他点
・ニコチン??
・サソリオーグ
一緒に見ると良い作品
・PLAN75(類する問題提起)
・ファーザー(認知症ミステリー)
・パーフェクトケア(介護士の普通に悪い奴)
ナガクイキル
紡がれる言葉は辛辣だ。
でも、俺は斯波が間違ってるとも思えない。
長寿大国と呼ばれて久しい日本。
長生きは良い事だとされてきた。それはおそらく歴史との対比であろう。生きたくとも生きられない理由がたくさんあった時代。戦争や栄養失調や事故や流行り病やら…途絶えてしまった命が多かった時代。
誰でも近しい人との別れは辛い。
なのだが、長く生きる事で出てくる問題があるのも事実。癌による死亡が多くなったのは長寿によるものとの記事を見た事がある。なんでも癌細胞は皆持っていて、それが高齢化すると発症率が上がるのだとか。人口が増えすぎない為の自爆装置だとの乱暴な意見もある。
正直、キツかった。
斯波の台詞は本音のように聞こえてくる。
容認も推奨もできないし、共感や賛同をしたら人として間違ってるようにも思う。
だけど、否定しきれない。
俺の子供には言っておきたい。
「ボケてまで生きたくはないので、寝たきりとかになったら殺してくれ」と。
これから死んでいく命よりと、これからも生きていく命の方が大事なのだから、と。
とは言え、そんな決断を子供にさすのも残酷だ。
自死は…単純に怖い。幼き頃より刷り込まれている、自らの命を自らで断つ愚かさや、それ以降の魂の所在やら。事実かどうかも確認できないのに恐れてる。
大友の台詞には建前を感じる。
お節ごもっとも、そんな事は分かりきってる。
けれど、それだけでは背負えきれない問題はどうする?何か対処法を教えてくれるのか?
突き詰めて議論したら、その価値観は破綻したりしないのか?
そんな双方の観点が絶妙に描かれていた。
自分にどんな決断が待っているのかは分からない。
そのタイミングが訪れるのかも定かではない。
けれど遠くない未来に、そこそこな確率で起こるような予感はある。
祖母は老衰で亡くなった。
最期は病院で息をひきとった。寿命を全うしたようにも思う。ただ母からは相談されてた。
「延命治療はやらんとこうと思う。どう思う?」
俺は同意した。
「ばぁちゃんも、多分望んではないと思う」
ある意味、実行しなかっただけだ。
医師に、法に、慣習に委ねた。
自分の生命に連なる者たちを殺すなんて十字架を、現代では背負いきれない。
斯波の「絆って何ですか?」の後に続く台詞が強烈だった。それすらも見失っていく事や、意味合いが変わっていく事があるのだろう。
裁判のシーンで斯波の独白がある。斯波よりな意見で終わる流れに得心もしてる。だけど「人殺し!」との絶叫が入る。凄いバランス感覚だと思う。最後まで白黒をつけさせない。斯波の観点からしたら、それすらも自衛行為なのかもしれない。
本年度のアカデミー主演男優賞に松山氏を。
助演男優賞には柄本明さんを。
助演女優賞には戸田さんを。
個人的に進呈したい。素晴らしかった。
にしても鈴鹿氏は、とてつもなくニュートラルで、そこそこ作品とか出てるのに素人臭が抜けない。最早、それが彼の武器であり素養なのだと思われる。
不思議な存在感を醸す役者さんだ。
大友は言う。
「人には見たいものと見たくないものがある」と。その通りなのだけど、この作品が地上波で流れないような事態になるのなら、その推論の裏付けにはなるのだろう。
説教くさいと思う人達はいるのだろうけども、松山氏の変遷を見るだけでも、じゅうぶんな価値はある。
「バレなかったからですよ」
あの演出に、制作サイドの温情を感じてたりする。
あの一言に、斯波のサイコパスな一面を見たような気がした。それによって、コイツは異常者なのかもしれないと思え、普通とは違うのだと思えたから。
もし、そんな意図があったのなら、監督なのか松山氏なのかは知らんが、恐れ入ってしまう。
誰もが一度は観るべき作品
これは日本が抱える重大なテーマの一つです。
日本は医療水準が非常に高く平均寿命が長いため超高齢化社会となりました。
それ故に日本社会にもたらす影響も大きいです。
毎日の様にニュースで家族や介護士による虐待や殺人、無理心中といった記事を見かけます。
そのためPLAN75や今作のような作品が次々と作られては、話題となり観客の興味や共感を集めていると思われます。
私は医療従事者なので常日頃からこの問題に直面しています。国内では約100万人が寝たきりであると言われています。日本人の平均寿命と健康寿命の間には8〜12年の差があります。つまり多くの方が寝たきりなど要介護となった状態でその期間を過ごして最期を迎えています。
そこには家族の精神的、肉体的、金銭的負担が計り知れず、その苦悩を上手く描いた作品だなと感じましたね。
自分語りになってしまい恐縮なのですが‥
絶縁していた親の介護が突然始まりました。その時は鬱病にもなり親の介護、援助を拒否するべきか悩みました。
しかし、作中の大友の様に親を見放し死亡してから再会するのを危惧して介護を了承しました。この決断が正しかったのか未だに分かりません。恐らく、正しい答えは今後も出ることはないと思います。だけど後悔をしていないのが、また難しいところではあります‥
人間の感情とは複雑で、その事柄が実際に起こるまでは所詮、机上の空論でしかありません。
誰しもが、親の介護問題に悩む可能性があります。
全ての親が大友の母の様に老後に向けて貯蓄をして、自らの意思で介護施設や老人ホームに入所してくれる訳ではありません。
「安全地帯にいる人の言葉」だというセリフがとても心に響きました。そういう方々は自分が仕事を退職して介護をしたり金銭的困窮の中、介護をする可能性が低いと自分でも分かっているため理想論ばかり並べるというのは実際によくある話です。私も経験してそう感じました。
彼らは介護施設に入居する難しさ、生活保護の申請や受理までの苦労を知りません。
作中にもありましたが実際に福祉課の窓口で同じ対応を受けました。何度も足を運んで話を聞いてもらわないと申請書すら頂けません。家族の職業や生活などを調査し、全てを手放してからでないと生活保護は受けられないと言われます。税金から生活保護費を賄うため当たり前の話かもしれませんが、預貯金までも見せないといけませんでした。
在宅介護については言葉に形容できないほど皆が疲弊します。
「殺してくれ」と口にする親を家族みんなで泣きながら介護するのが日課となります。これは要介護のレベルによって差はあると思われますが寝たきりになると本人も将来に対する希望がなくなり絶望して、こういう言葉が目立ってきます。
要介護となる主な原因である認知症や脳梗塞の後遺症に対する根本治療は現段階では存在しません。
また、排便排尿コントロールができなくなることで本人や家族を悩ませます。赤ん坊のおしめとは違い、いつかオムツが外れることもありません。そして次第に家族みんなが生きている価値を見出せなくなっていきます‥
もちろん嘱託殺人を推奨している訳ではありませんが、それを容認してしまうくらい在宅介護は大変だということは間違いありません。
今作を観ていて、こういう被害に遭ったとしても介護が終わるのであれば救わるかもしれないと考えてしまいました。医療従事者らしからぬ意見ですが、これが本音です。
仕事では人の命を救うのが最優先であり、その後のことは家族や介護事業に丸投げです。
日本も安楽死に対して向き合うべきではないかと日々感じています。
家族の誰かが手を下しニュースにならないことを願いながら生活している自分にとっては非常に考えさせられる作品となりました。
何が悪で何を正義とするか、まさにその通りです。
人の尊厳とは何か、命とは何か、生きるとは、老いるとは、家族とは何か。 人にして欲しいことをするとは、今できることをするとは、どういうことか。 法律は、社会制度は、コミュニティは誰の助けになるのか。
介護疲れと思われる親族による殺人や心中事件の報道を耳にする度、その介護現場がどれ程悲惨な状況だったのだろうかと思う。
この映画で具体的に示された3件の介護現場は、あながち誇張しているとは言えないのかもしれない。
物語は、独居老人の孤独死現場に一人の女性(長澤まさみ)が駆けつける場面から始まる。
女性が検事(大友)であることは、その後のシーンで分かる。
この冒頭の場面で、野次馬たちの囁きが説明的に聞き取りやすく安っぽい感じがしたが、長澤まさみが現場であるアパートの部屋に入るとおぞましい光景が映し出され、一気に怪しげなドラマに引き込まれていく。
場面が松山ケンイチ演じる介護士(斯波)たちの訪問介護の現場に移る。彼が連続殺人犯だということは予告されているのだが、過酷な家庭内介護の様子と、彼の出来過ぎな介護士ぶりが見せられ、観客は犯人側に先に心を寄せることになる。
そして、大友検事は認知症の症状が見え始めた母親を高級老人ホームに入居させていることが分かる。
ある事件で、大友検事と事務官の椎名(鈴鹿央士)が不審点に気づくと、優れた介護士である斯波への嫌疑が浮上し、物語は犯罪捜査サスペンスの色を濃くしていく。
容疑者vs.検事の取り調べの攻防戦と並行して、容疑者斯波と大友検事それぞれの人物的背景、斯波が関わった介護現場の実状が描写される。
松山ケンイチと長澤まさみの会話劇となる取り調べ場面がこの映画の見せ場だ。
介護が人を追いつめ、それを社会は援助しない現実が斯波の口から語られる。
追求しているはずの検事が、徐々に追い詰められていく。
なぜ殺人を繰り返したのかという問いに「バレなかったからですよ」と、あっさり言って退けた斯波に、大友はたじろいだように見えた。
大友検事が抱えるある秘密が、斯波の言葉とともに彼女を責める。
冒頭の孤独死現場には検事として出向いたわけではなかったのだ。
殺人事件の判決文でよく使われる言葉「身勝手な犯行」に斯波の行動は当てはまる。
だからか、自分に極刑を求める検事も正しいと斯波自身が言う。
いかに同情し得る背景があろうとも、直接的にその原因ではない人物への凶行、ましてや勝手に望んでいると決めつけてその尊厳を奪って救済を論じるなど、身勝手な犯行にほかならい。
刑事裁判は、被告人による犯罪の有無、犯罪があった場合の被告人の量刑を決めるにとどまる。
この犯行の動機や、斯波や被害者家族の実状がいかに裁判で明らかになろうとも、根本原因の解決・改善には繋がらない。
相変わらず、役所は事務的に徹し、悲惨な生活を余儀なくされる人は減らないのだ。
現代社会の病巣を炙り出した意欲的な作品であるが、あくまでサスペンス映画だ。
クライマックスを松山ケンイチと長澤まさみに頼りきっているところが、映画的盛り上がりに欠ける。が、それに見事に応えた二人の演技者は立派だ。
脚本は、救われたという被害者遺族と、父を返せと糾弾する遺族の両方を登場させ、理想を抱いていた介護事業に絶望した若者の姿も見せる。
実際の事件・裁判ではないのだから、我々観客は追い詰められて犯行に及んだ斯波に同情してよいのだ。
そして、この映画で知り得た現実に向き合うことが大切だ。
知らなければ何もできないのだから。
大友検事の心境は長澤まさみの口から語られる。
彼女こそが、この事件で幾つかのことに気づいたのだ。
救済者を気取っていた斯波が、傍聴席から戸田菜穂が浴びせた罵声に何を感じたのか、松山ケンイチの冷静を装ったような表情だけで、言葉はない。
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