「過去の関連作品との異同と自分自身への戒め」ロストケア てつさんの映画レビュー(感想・評価)
過去の関連作品との異同と自分自身への戒め
"PLAN75"を観たとき、『楢山節考』以来のいわゆる安楽死問題に関わる議論の中間的総括として、社会的孤立のために安楽死や自死の選択に追い込まれたり、推奨したりする空気を撥ね返していく風を吹かせ続ける風土を培う作品の制作が今後とも期待される、と考えた。しかし、本作ではむしろ家族の絆からの解放のために第三者による嘱託殺人が肯定されても良いのではないかという提起があった。まさに"PLAN75"が取り上げ損ねた2019年の ALS(筋委縮側索硬化症)患者嘱託殺人事件、そして"PLAN75"で暗示しようと試みた相模原殺傷事件の加害者の実相とも極めて似ていると思われた。けれども本作の原作は、相模原殺傷事件の発生より3年前に書かれたものなので、その慧眼には驚く他ない。戸田菜穂氏演じる美絵が、親が死んだことで重荷から解放され、宗典に対する信頼を残しているかにみえ、ひょっとすると減刑嘆願を申し出る一人になることさえ想像したが、そうはならず、殺人者への正当な感情を表明できていた。親による障がい児殺しに対して、かつては同情的な世論が沸き起こった時代もあったけれども、相模原殺傷事件の被害者の親たちは、施設に預けていたけれども、その子の生きる未来にまだ希望を強く持ち続けていた点で、宗典を演じた松山ケンイチ氏が想定したような、本人と家族の救いの実現とは大きく異なると言わなければならないであろうし、そこに相模原殺傷事件の加害者の誤算があったとも言えるであろう。
善の顔と悪の顔とを兼ね備える役柄は、様々な作品に存在するので、本作での松山氏だけが適任というわけではないだろうけれども、松山氏なりの持ち味が表れているのは確かであろう。相対する検察官の秀美を演じた長澤まさみ氏は、本作では女性であるがゆえに揺れ動く価値観を表現していると思われるけれども、"MOTHR"では、悪役に徹した演技をしていたので、女性の役者だからこのような展開になっていったとは言えないだろう。
少し前にやはり孤立した高齢者を犯罪で救うという試みを描いた『茶飲友達』でも最後に処罰されたし、そこでは殺人は行われなかったことが救いではあった。随分前の『日本の悲劇』は、引き籠もり親子をめぐる暗部を描いたものであり、その系譜も感じられる。本作を制作した前田哲監督が少し前に制作した『老後の資金がありません!』は、その題名にもかかわらず、少しゆとりのある階層を取り上げていたが、本作では、どん底に追い込まれた階層と少しゆとりのある階層とを対比的に描いていることでも秀逸であると言えよう。
洋子演じる坂井真紀氏とやす氏演じる登とは、外見上は年齢的に釣り合わないようにみえたが、実年齢は1歳しか違わないので相応なのであろう。宗典は秀美に対して、「裁く」という表現を使っているが、裁くのは裁判官であって、検察官ではないはずであろう。
本作だけでなく、『日本の悲劇』の主役の演じる局面は、自分の実生活にも切実な問題であるので、改めて戒めとしていきたい。