劇場公開日 2023年3月24日

「追いつめられた人々。本作が訴えてるものとは。」ロストケア レントさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0追いつめられた人々。本作が訴えてるものとは。

2023年4月18日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

本作を観て思ったのは、いったい斯波はどうすれば良かったのか、どうすれば彼はあのようにならなくて済んだのかである。
介護疲れで年老いた夫が介護していた妻を殺害して逮捕、あるいは無理心中したなんて事件をニュースで見るたびに思う。他に方法はなかったのだろうかと。

間違いなく言えることは斯波が大友のように父親の介護を他人に任せられる境遇であればこのようなことは起こらなかったということだ。
介護に限らず、誰にも悩みを打ち明けられず、一人で問題を抱え込み孤立化することはかなり危険だ。

以前自宅の小屋に精神疾患の息子を長年監禁していた両親が逮捕されるという事件があった。息子の精神疾患の度合いはかなりのもので、暴れると手が付けられないほどであり、両親は役所などに何度も救いを求めた。しかし、施設でも預かってもらえず苦しんだ末の監禁だった。長い監禁で息子は失明し、体も変形していた。世間はそれを酷い虐待と非難した。

村社会の伝統が色濃い日本では家族のことは家族で何とかすべしというのが暗黙の了解としてまかり通って来た。しかしそのせいでおこる悲劇、家族間での殺人は殺人事件の中で一番多い。

他者に頼ることもできず追いつめられた果ての悲劇は今でも起こり続けている。大切なのは一人で抱え込まず助けを求めることだが、今の社会はそんな助けをよしとしない風潮がある。本作でも語られる自己責任論である。
貧困や家族の問題は自分たちの至らなさが原因、だから人様に頼るなということである。日本人にはこういう考え方が昔からあった。それをうまく政治家が利用し、生保のネガキャンが行われた。

本来、生保などのセイフティーネットは我々の納めた税金を原資とするもので、なにか生活に支障ができた時には誰でも利用できるはずだった。これは憲法25条で当然保障される権利である。しかし、近年ごく少数の不正受給者を殊更に取り上げて国民同士の憎悪を煽り、制度自体が標的にされた。まるで生保は怠け者が税金を使って楽をするための制度だとネガキャンが張られたのだ。
生保はあくまでも保険と同じだ。みなが保険料を出し合い、誰かが困ったときには保険金で助けてもらうという。だからこそ国民は税金や保険料を支払うのである。保険金が誰かに支払われてそれが無駄遣いだという人がいるだろうか。不正受給は生保に限らず補助金でも保険金でも起こっている。それ自体は制度とは何ら関係ないのに不正受給イコール生保は悪とされてしまったのだ。

悩んだ末に頼ったセイフティーネットからも見放されてしまい、社会から孤立して追い詰められてしまった斯波は自分の手で父を殺めてしまう。しかし彼はその後、介護士の資格を取り更に多くの高齢者を殺めてゆく。

愛する父を殺めたことで彼は苦しんだはずだ。自死にまで追い詰められるほどの強い罪悪感。だから聖書の中の一節に彼は救いをみいだしたのかもしれない。罪悪感に押しつぶされそうになる自分を守るため、自己防衛本能から自分の行為を正当化する必要があったのだ。自分のした行為は正しかったのだと、あるいは本当に自分の行為は正しいと思っていたのか。
ただ、彼は父を殺めたとき涙を流した。やはり彼はあんなことをしたくなかったはずだ。自分にあんなことをさせた境遇、社会を恨んでいたかもしれない。

本作は斯波の行いが正しかったのか間違っていたのか単純に判断するのではなく、彼がなぜそうせざるを得なかったのかを観る者に突き付けてくる作品。

確かに斯波の行為は法的に殺人である。だが、もし彼が被害者や被害者の家族の依頼でやっていたならどうだろうか。国によっては尊厳死が認められている国もある。
斯波の父がもし尊厳死を利用できたなら、死を自分で選択できたなら、そもそも斯波は罪をおかさずにすんだのではないか。
フランス映画「すべてがうまくいきますように」でも描かれていた尊厳死の問題。日本もこの問題を避けて通れないのではないか。

私自身は介護の経験はまだないが、高齢の両親がいる身としてはある程度覚悟しながらも一人で抱え込むことはないよう心がけようと思っている。使える公共サービスや周りの手を借りて自滅しないようしなければならない。介護で自滅するならば、ゆくすえは本作の斯波となる。

介護の問題、尊厳死の問題、本作が観る者の心を打つのは誰しも他人事ではない問題を描いているからだろう。主演二人の演技も素晴らしかった。ただ、セリフで自己責任とか出てくるのは少々唐突。作品テーマをセリフで言わせるのではなく、そこは観客に感じ取らせるべきだった。この辺は日本映画の悪いところ。

レント
琥珀糖さんのコメント
2023年12月4日

おはようございます。
コメントありがとうございます。
本当に重い問いかけで、答えが難しいですね。

「月」
石井裕也監督なんですか?
「茜色・・・」も凄い映画だったので、楽しみです。
(私は配信レンタルになると思いますが)

琥珀糖
humさんのコメント
2023年4月18日

現実は厳しい…ですね🥲
次の世代にわたす平和を感じられなければ、敢えてこどもや孫を、と望む気持ちも保てない。命あるかぎり、生き生きと暮らせる仕組みは?と、しばらく考える作品でした。
返信ありがとうございました。

hum
humさんのコメント
2023年4月18日

共感ありがとうございます。
このレビューにあったように、仕方なく追い詰められていく事件について胸をいためます。真面目で責任感が強く辛抱強い家族関係にこそ、こういった切ない事件がみられるような気がしますし、頼ることを恥に感じる人、状況を伝えたくない人もいます。そんな中で、制度の取り決めはたいへん困難なことはわかりますが、どうにか今知恵を寄せ集め改善していく動きを、と思います。

hum