「墨に現れるモラトリアム」線は、僕を描く movie mammaさんの映画レビュー(感想・評価)
墨に現れるモラトリアム
霜介も千瑛も同世代で、自分の進む道を探している時期。
霜介は法学部に通う大学3年生だが、家族を亡くした後悔と苦悩、孤独に3年間苛まれ続けている。将来進む道を考える時期だが、自分が何者かでいる感覚も何者かになれる自信も、湧いていない。
そんな中友達の代わりに来た水墨画イベントの設営で、ふと見た椿の水墨画に家族を思い出し涙する。
水墨画の巨匠に出会い、弟子入りは烏滸がましいので生徒になり、椿を描いた、千瑛と出会う。
千瑛もまた、巨匠を祖父に持ち、素直に祖父に教えを請えない距離感になってしまった関係性と、作品を賞の目線で酷評されて以来楽しいだけの水墨画ではなくなってしまい表現に彷徨っていた。
そのような心模様は、水墨画では線に出るという。
繊細な霜介の線に、形にとらわれず、思い通りにはならない自然に任せて好きにして良いんだと声をかける巨匠の温かみ。
巨匠は霜介の繊細さをいち早く見かけていたとともに、礼儀正しさにも気付いていたと思う。
受けたアドバイスを何度も練習して、現実を忘れるが如く水墨画にのめり込んでいく霜介。そのうち、向き合う事が難しく、蓋をしていた心のつっかかりと向き合い、3周忌に故郷に足を運ぶ覚悟がやっとできた。
上京する日に喧嘩したきり、家族が水害で流された。自分を責め、戻らない現実を悔い、あの日以降も戻れずにいた故郷に戻る道中、抱えていた経緯を千瑛に打ち明けて話す事ができた。
千瑛もまた、祖父が2度目に倒れたことで、まだまだ聞きたい事が沢山あるのにと素直な気持ちを出す事ができた。写実的な画風の千瑛もまた、自分の命をかけて心を表す線を描くことに苦戦していたが、家出をし、本心と向き合い、霜介の故郷を一緒に訪れることで自我の解放をできるようになる。
二十歳前後の年齢は、将来進む線を描くのがとても難しいことに激しく同意する。
その頃、本人自身がこれと思う選択に心を決めるまで、ゆったりと支えて待てる大人達がとても理想的に見えた。三浦友和も江口洋介も、子供を成人させている。自分と家族を支えて育てる責任の過程を経験してきた俳優にしか出せない、若者を見守る目線がある。
そして、横浜流星の横顔が惜しげなく写る。
かっこ良いだけではない、隠しきれない真面目さ。筋の通った、でも素直で優しく繊細な感性が、佇まいや所作に表れている。持ち合わせる雰囲気が、ストイックに突き詰める何かや、日本の伝統的な要素とぴたりと相性が良い。空手にボクシングに華道に料理に色々見てきたがどれもしっかりと身になるまで習得していてすごい。
作中で霜介は自分の線をかける精神状態になってから、一気に作品を仕上げるのだが、それをできたのは生徒になって以降、真面目にひたすら練習を重ねて技術を身につけていたからだと思う。
家族と植えて剪定した椿の思い出を通して、水墨画が心に響いてその道が開けたり、筆使いにも現れる礼儀正しさや優しさが千瑛の心を開いたり、亡くした家族による導きを感じずにいられなかった。
霜介の友達も「何年も止まっている霜介を家族が喜ぶと思うか」と鼓舞してくれて、周り全員が霜介の心の回復と霜介が自分だけの人生を謳歌するよう見守ってくれている。きっと家族も。
清原伽耶もまた、凛とした芯の強さが際立つ。聡明で、素直じゃない役ばかりだが、笑顔で誤魔化す必要のない演技力や他の子とは混ざらない別格感のある存在感がある。
作中でもそのような場面があるが、日本の誇る水墨画で作品を撮る以上、いい加減な恥ずかしい仕上がりで撮るわけにいかず、難しい部分はプロの手捌きを使うにせよ、ある程度のレベルまでは本人が仕上げて挑むだろうと信頼された俳優にしかキャスティングが来ないような気がする。
その意味で、ひとつひとつ積み重ねてきた横浜流星に信頼を寄せられてのキャスティングだったのだろうなと思うと嬉しいし、1年以上特訓し立派にこなした横浜流星はやはりすごいなと感じる。
掛け軸の水墨画を何度見ても、滲んだところと濃いところがあるなとは思うが画法が長年わからずにいた。
千瑛の説明で、筆の中に3層の色の濃さを作ってコントロールすると聞いて初めて、言われてみれば竹の節は確かにわかりやすいと気付いた。にしても、いきいきと躍動感のある、描き入れた瞳に魂を吹き込まれたようなタカも、のびのびと力強い龍も、技術もとんでもないのだがそれを通り越してダイナミックで心が魅了される衝撃があった。
雪舟の時代とはまた違う水墨画の世界が、見ていてとても楽しかった。