「画は、僕を描き変えていく」線は、僕を描く 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
画は、僕を描き変えていく
『ちはやふる』のスタッフが次に挑んだのは、再び日本ならではの芸術の世界。
大学生の霜介。バイト先で魅了されたのは、水墨画だった…。
競技かるたも知られざる世界だったが、水墨画もまた。
それがどういうものか漠然とは知っているけど、深くは知らない。
水墨画の大家・湖山に誘われ、弟子入り…いやまずは生徒として始めた霜介。
見る我々も彼の視線になって。
この水墨画の世界に触れていく…。
色彩豊かな絵画と違って、墨一つで創り上げていく。
白と黒のコントラスト。
シンプルだが、非常に高度な技が要求される。多彩な色での表現とは全く別物。
繊細さ、向き合い、己をも投入。
描き出したものは、自分そのもの。
“線は、僕を描く”とは上手いタイトルだ。
奥深き水墨画の世界。
勿論、水墨画の基本もレクチャー。入門編としても。
『ちはやふる』同様、全くの素人でも難なく見れる。
水墨画の魅力と並行して描かれる物語の主軸となるのが、主人公・霜介の再生と成長。
家族に関する悲しい過去を抱える霜介。それはあまりにも悲劇的…。
悔やんでも悔やみきれず、それから逃れようとすればするほど背負い込み続け…。
今尚苦悩し続けるのは、振り返って向き合ってこなかったから。
確かにトラウマに等しい悲しい過去だ。が、そこから新たな一歩を踏み出すには、必ず向き合わなければならない。
水墨画に真摯に向き合う事で、自身の過去にも真摯に向き合う。
悲しく複雑だった僕の色が、シンプルながらも澄み透り、新たに描かれていく。
何かになるのではなく、何かに変わっていく。この台詞が印象的で心に残った。
キャストは皆、好演。
横浜流星のクリーンな佇まい。さながら真っ白な紙のよう。そこに、実直さや繊細さを画き表す。猛訓練したという見事な水墨画も披露。昨年から躍進著しく、水墨画の表現のように可能性がどんどん拡がっていく。間もなく公開の『ヴィレッジ』も期待大。
三浦友和はさすがの存在感。ただ威厳たっぷりじゃなく、温かさ、柔らかさ、優しさを兼ね備えた人間味のある先生。何だかうっすら、樹木希林が被った。
この師弟二人も良かったが、特に良かったのが…
湖山の弟子の一人で、実の孫。“美人すぎる水墨画家”として人気の千瑛。才能あるが、最近伸び悩み。自分の“画”が描けない。突然弟子となった霜介をライバル視するが…。
クールビューティーだが、霜介の通う大学で講師として招かれ、同世代の若者たちと触れ合った際の素顔。
が、水墨画に向かうとキリッと切り替わる。
もう清原果耶の為のような役。力強い眼、表情、演技力、存在感、魅力、着物姿、横顔…全てが美しい。
湖山の元で料理や身の回りの世話やイベント事の準備などの雑用や仕事、関係複雑な祖父と孫娘の間も取り持つ。新弟子の霜介の面倒見もいい。
江口洋介が演じる西濱。本当に“あんちゃん”。時々暑苦しさある江口だが、自然体の超好演。
彼はお手伝いさん…? 否!
実は、湖山の一番弟子。あるシーンで代打でパフォーマンス水墨画を披露。圧巻の腕前で、一気に場をさらってしまった。チョー美味し過ぎる役回り。
小泉徳宏監督の演出も正攻法。
美しい映像や音楽。
知られざる水墨画の世界を見易く。
一人の青年の再起を心染み入らせ…。
『ちはやふる』に続いて、本作もまた“悪くない”作品であった。
が、『ちはやふる』を超えるような名画とはならず。腑に落ちない点が幾つか。
まずは物語の入り。霜介が水墨画に魅了されたきっかけ。
ある一つの水墨画に涙するほど感銘受けてとなっているが、何故どう魅了されたのか、ちと吸引力に欠けた。
湖山が霜介を弟子にした理由も。突然、「弟子にならないか?」。霜介は水墨画の嗜みあったのか…? いや、ナシ。序盤で水墨画をするシーンがあったか…? 声を掛けられたのは開幕すぐだったので、そんなシーンも勿論ナシ。あまりにも突然。
後々霜介が水墨画に魅せられた訳、湖山が霜介を弟子にした理由も語られるが、これらもまたちと説得力と納得力が弱い。
きっかけは些細な事だってある。それが自分を決める。“運命”や“必然”とも言えるが、描きが弱いと映画としての“ご都合主義”になってしまう。
『ちはやふる』は主人公の千早が“かるたバカ”で、その熱が周りの皆を突き動かし、自身にもなっていく“絶対的な必要性”があったが、本作はそこの弱さも感じた。一心不乱の没頭と魅了されていくでは、作品に引き込まれる熱量も違う。
まあ『ちはやふる』はスポ根的な要素あり、本作は繊細な作品であるから全く印象も引き込まれる魅力も違うのは致し方ない。
『ちはやふる』はあの作風がぴったりハマるし、本作はこの作風がしっくり来る。
全三部作の『ちはやふる』と本作一本の見応えと深みの差は如何ともし難いが、作りにちと難があっただけで、作品的には偽りなく良かった。
EDの主題歌は作品世界とあまり合わず。静かな美しい音楽で終わって欲しかった。
水墨画に、自身の人生に、真摯に向き合い、描いていく。
そこに描かれた意味、可能性。
あなたなら、真っ白な紙に何を描くか…?
画は、僕を描き変えていく。