「全編1カットに偽りなし」ボイリング・ポイント 沸騰 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
全編1カットに偽りなし
こうした全編1カット映画は、最近では「1917命をかけた伝令」や「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」が印象深い。ただ、これらの作品は要所でCGを駆使しており、純粋に全編1カットで撮られたというわけではなく、そのように見せた”疑似1カット”映画だった。唯一「ヴィクトリア」という作品はトリックなしの全編1カット映画だったが、約140分間ベルリンの街をカメラが縦横無尽に動き続ける中々の労作だったと記憶している。
本作も紛れもなくトリックなしの全編1カット映画である。レストランという限られた空間でありながら、多種多様な人物が交錯する複雑な人間模様をエキサイティングに捉えた所は見事である。ドキュメンタリーのような臨場感、緊迫感も持続し、最後まで目が離せなかった。
登場人物もそれぞれに個性的で面白く観れた。
主人公のアンディは家庭の問題を抱える悩める中年シェフ。酒を片時も離さず、最近は仕事も疎かでスタッフに傲慢な態度ばかりとっている。他に、客から人種差別を受ける黒人ウェイトレス。暗い過去を持つ青年シェフ。ヤクの常習者でサボり癖のある皿洗い。父親から譲り受けたレストランを引き継いだもののスタッフから全く信頼されていないオーナー等々。様々なストレスを抱えた人々が登場してくる。
レストランを訪れる客も多種多様で、中には困った客も当然いる。アンディの元ライバルや、自称SNSのインフルエンサー、プロポーズを予定している恋人たち等々。レストランのスタッフは彼らに手を焼かされることになる。
更に、この日は過剰予約で目が回るような忙しさと来ている。こんな夜に何かが起こらないわけがない。そして、クライマックスで、その”何か”が起こってしまう…。
セリフも多いしカメラも目まぐるしく動くので、90分強という尺でも、それなりに入り込んで観ると結構疲れる映画かもしれない。それでもこの緊迫感と臨場感は、やはり他では得難い”体験”だった。こういう映画は、集中力を要する映画館でこそ味わいたいものである。
ただ、映画だからいいものの、実際にはいくら有名レストランでもこんなに騒がしい場所では余り食事をしたくないと思ってしまった。全体的に映像がロウキーなせいか、せっかくの料理がそれほど美味しそうに見えなかったのも少し勿体なく感じられた。