劇場公開日 2023年2月17日

「独特のスピード感と、程よい笑い。芸達者がそろい、ほどよくミックスして楽しまてくれました。」シャイロックの子供たち 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5独特のスピード感と、程よい笑い。芸達者がそろい、ほどよくミックスして楽しまてくれました。

2023年2月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

映画『シャイロックの子供たち』作品レビュー

 累計発行部数60万部を突破した池井戸潤による小説「シャイロックの子供たち」(文春文庫)。池井戸が「ぼくの小説の汲き方を決定づけた記念碑的な一冊」と明言し、原点にして最高峰とも言える原作が、満を持して初映画化された作品です。
 映画は小説ともドラマとも展開が異なり、独自のキャラクターが登場する、脚本のツバキミチオによる完全オリジナルストーリー。

 冒頭で、主人公の勤務先の東京第一銀行が協賛する『ベニスの商人』のヤマ場となるシーンが描かれます・
 悪徳金貸しのシャイロックはバサーニオから頑として金を受け取らず、裁判に訴え、契約通りアントーニオの肉1ポンドを要求する
ポーシャは肉を切り取っても良いという判決を下す。 「肉は切り取っても良いが、契約書にない血を1滴でも流せば、契約違反として全財産を没収する」。シャイロックは、仕方なく肉を切り取る事を諦めたのでした。
勝者も敗者もいないこの群像劇は一体どこに向かうのか。本作のテーマを暗示する冒頭シーンでした。
 そしてつぎに登場するプロローグが、東京第一銀行に勤務する黒田道春(佐々木蔵之介)が、休日の馬券の資金として、現金預金機から札束を盗み出し、月曜日の朝札束を戻そうとしたとき、札束の帯府を落としてしまうのです。それがまさか10年後にある人物から脅される材料になるとは、当時の黒田には予想も出来ませんでした。
 別件でも発生してしまう札束が消えて、帯府だけ残されてしまう事件。札束の帯府が本作の重要なキーアイティムとなっていくのです。

 舞台となるのは、メガバンクである東京第一銀行の大田区にある長原支店。業績が伸び悩む支店にあって、牽引車となっていたのが課長代理の滝野真(佐藤隆太)でした。滝野は前任の赤坂支店からの顧客である赤坂リアルターの石本浩一という不動産会社の社長からの口利きで江島工業という宅地開発会社からの10億円の融資を受けて、支店で業績トップとなり、支店長から表彰をうけるのです。
 ところが支店の田端洋司(玉森裕太)と北川愛理(上戸彩)が、たまたま江島工業の社長の自宅の住所を訪ねてみると、そこには全くの別人が住んでいたのでした。
 実は、赤坂支店で石本を担当した滝野は、1000万円の裏金を受け取って以来、悪魔に魂を売り続けていたのです。
 石本は、実質的に破綻し社長が失踪してしまった江島工業という会社の社長になりすまし融資を受けることを滝野に提案したのでした。石本が大口の不動産取引で5億円が入った時点で返済するつもりでいたが、その取引は流れてしまって、融資した10億円の返済の見込みが立たなくなっていたのです。

 滝野は、不正融資が露見することを恐れて、1回目の利払いを建て替えるために銀行の金lOO万円を横領します。現金欠損の犯人と疑われたのは田端と北川でした。ふたりの上司である課長代理の西木雅博(阿部サダヲ)は、真犯人捜しに乗り出すのでした。

 同じ池井戸作品の映画化で、「アキラとあきら」の三木孝浩監督と本作の本木克英監督を比べてみると、本作の方がテンポが速く展開であると感じられることでしょう。
 場面展開のテンポの良さこそ本木監督の持ち味で『超高速!参勤交代』でいかなく発揮されました。本作でも銀行業務の裏側と不正融資の経緯を説明臭く感じさせずに見せる導入が鮮やかです。西木らの独自の調査が進むにつれて、不正融資がさらに大きな腐敗と結びついていく展開も飽きさせず、前半は快調に飛ばします。

 ただ次第に、次々と証拠を見つけ巨悪に近づく西木のスーパー行員ぶりが突出していきます。この辺は話が広がりすぎて、伏線の回収に忙しくなったキライはあります。但し別な言い方をすれば、何気なく登場するエピソードや事件が単純に起こるべくして起こるのではなく、そうせざるを得なくなった複雑な背景がキチンと押さえられていくということです。大きく破綻しなかったのは、さすが本木監督といいたいです。
 そして真相を突き止める西木もまた滝野同様に、悪魔に魂を売る展開が意外でした。シャイロックの子供たちは、みんな等しく金に目が眩むのです。ただし最後に西木がどんな決断をしたのか、ぜひ事後談としてのエピローグを見届けてください。

 本作は、社会派というわけでもなく、コメディーというほどでも、人の弱みにつけ込むというほどエグい展開でもなく、人を欺くコングームというほど振り切っているわけでもありません。しかし芸達者がそろい、ほどよくミックスして楽しまてくれました。

流山の小地蔵