「水清まば、吾が纓を濯ふべし。水濁らば、吾が足を濯ふべし。」シャイロックの子供たち ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
水清まば、吾が纓を濯ふべし。水濁らば、吾が足を濯ふべし。
〔ヴェニスの商人〕に登場する『シャイロック』は
本分である金貸しを忠実に履行しただけなのに、
何故に世間からこうも指弾されるのか。
本作の中でも提起される疑念も、とりわけ西欧では
キリスト教的な倫理観の問題、
ユダヤ人への偏見の問題
等が絡んで来るよう。
大金を貸すのに担保の提供は必須で、
それが人肉1ポンドであることによるハレーションは、
物語りを盛り上げるための単なる仕掛けで、
現実にそんなものを貰っても困るだけ。
翻ってイマイマの当該業界。
以前の金利ビジネスから手数料ビジネスにモデルが変化、
それ故に行員達の負担も増すだろうが、
皺寄せは利用する側にも。
昔は口座新設の時に勧められたのは定期預金だったのに、
最近では金融商品となり、あまつさえ
それが強引な勧誘に繋がるケースも。
毎月もノルマ達成が厳しい「東京第一銀行 長原支店」。
部下を叱責する副支店長の怒声が今日も飛ぶ。
支店長の『九条(柳葉敏郎)』はどっしり構えている様にも見え、
実際の腹の内は判らない。
そんな中、「赤坂支店」から移動して来て間もない『滝野(佐藤隆太)』が
十億円融資の稟議を出す。
観ている側からすれば、如何にも胡散臭そうに思える案件も、
成果を上げたい上層部は審査もそこそこに当該融資を裁可。
しかし程なく、金利の支払いも滞るように。
それから暫らくし、支店内で百万円の紛失が発生、
女子行員の『北川(上戸彩)』が疑われるが
上司の『西木(阿部サダヲ)』の機転で難を逃れる。
が、以降、この二つの事件は綿密に絡み合い、
大きなうねりとなって支店を混乱に陥れる。
人は皆、様々な二面性を持つことは、誰もが知って感じていること。
内と外であれば比較的ありがちも、
表と裏、或いは善悪ともなれば、
その大きさにより波及する影響は様々。
もっとも、今までの人との付き合いの中で
(自分に限ったことではあるも)100%の善人を見たことはなく
誰もがなにかしらの裏の側面を持っているのは当然にも思え。
とは言え本作では、主要な登場人物の殆どが裏の側面、それも
お金絡みの負の顔を見せるのは特徴的。
『池井戸潤』の小説やそれを原作とした映画にはそれなりに触れているつもりだが、
これほど片寄った作品は記憶になし。
多くの人達がお金に振り回され出処を誤る、後ろめたさを感じながらも。
ただその一方で、不法を犯すことに良心の呵責を感じない人間も複数存在し、
それが天誅の対象となるのは、何時も通りの『池井戸』節ではあるのだが。
語り口はテンポよく、起承転結の流れもスムース。
驚きの伏線回収も仕込まれ、起伏の造り方が上手い。
判り易いキャラクターづけも奏功。
とりわけ、多くの人物が道に惑う中、
唯一ブレない姿勢を見せるのが、
先に疑いの目を向けられた『北川』だけとの設定は何とも皮肉。
透明感のある『上戸彩』の佇まいに
不思議なほど合った役どころ。