「悪魔とトラウマに打ち勝つ為のセリック・ダークファンタジー」ウェンデルとワイルド 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
悪魔とトラウマに打ち勝つ為のセリック・ダークファンタジー
今年はNetflixから良質アニメーションが豊作。
『アポロ10号 1/2 宇宙時代のアドベンチャー』『ジェイコブと海の怪物』、12月には『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』…。
本作も。
今日のようなハロウィンに見るにはぴったりかも。と言うのも、
監督はヘンリー・セリック。
ストップモーション・アニメの名手。勿論本作も十八番のストップモーション・アニメ。
『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』『ジャイアント・ピーチ』『コララインとボタンの魔女』…その作品群はホラーとダーク風味のファンタジー。
本作もユニークで奇妙なセリック・ワールドが大展開。
ある所に、ラストバンクという町。
ビールの醸造所で栄え、経営者夫婦にはカットという一人娘がいて、幸せに暮らしていた。
が、ある夜、運転中の車の中で…
かじった果物の中に虫が入っていて、びっくりしたカットは悲鳴を上げ、娘の声に気を取られ、車は橋から川へ転落。
娘を助け、両親は…。
養護施設や里親を転々。トラブルを起こし、少年院にも。
性格もすっかり反抗的に。
でも何より、私のせいでパパママは死んだ。私が殺した。
そのトラウマを抱えたまま…。
少年院を出、奇しくもラストバンクに戻って来る。
町は様変わりしていた。
多くの人は町を出、仕事も無く、覇気も明るさも失い…。
滅びゆく廃墟の町…。
その原因となったのは、両親が経営していた醸造所の火事。多くの従業員が犠牲に…。
カットはカトリック学校に入り、更正を受ける事に…。
カットの孤独と町の暗さがリンク。
アニメーションとは言え、物語の始まりはかなり暗く、悲しい。
これだけならファミリーで見るには気が滅入ってしまいそうだが、ユニークなファンタジー要素が入り込む。
“地獄”から。
そう、地獄。
悪魔の兄弟、ウェンデルとワイルド。
性格は明るく愉快で、ちょっとおバカ。
悪魔の兄弟でありながら生者の世界に憧れ、楽しい遊園地を造るのが夢。
夢見事ばかりで地獄の仕事を怠け、父親魔王にお仕置きされている身。
夢を叶えるには、生者の世界から召還して貰う事。
その白羽の矢が立ったのが、言うまでもない。
何がきっかけだったのかとか、ご都合主義とか、この際いい。でないと物語は始まらない。
強いて言うなら、トラウマを抱える少女が今回の騒動=試練を通じ、乗り越える運命にあった。
カットの手の甲に“地獄の乙女”の印が刻まれ、悪魔兄弟が幻の中に現れても信じない。まあ、当然と言えば当然だけど…。
が、ある約束を交わし、悪魔兄弟を召還させる事に。
カットの両親を生き返らせる。
勿論このおバカ兄弟はそんな事出来ない。嘘。だって俺たち、悪魔だも~ん!
ところが、死者を生き返らせる方法を見つける。
パパ魔王が使ってる髭剃りクリーム。これを死者に塗ると、生き返る。
…って、一体全体どんなクリームよ?!
これをパパから盗み、一応カットと約束し、召還の手順を教える。
満月の夜。学校にある“アクマのクマ”のぬいぐるみの言う通り、墓地で呪文を唱える。
召還の儀式。辺りはそれらしい雰囲気となり、召還!
…アレ?
実はこの時ちょっとしたミスが起こり、悪魔兄弟は墓地の別の場所に召還。
騙された!…とプンプンのカット。
憧れの生者の世界にやって来た悪魔兄弟だが、この“手違い”がこれから起こる騒動の発端に…。
悪魔なのにちっとも怖くないウェンデルとワイルドの兄弟。
先述の通り、陽気でおバカ。トラブルの源だが、何故か憎めない。
パパ魔王は地獄で“絶叫遊園地”を開いている。
巨大で(一応)怖さもバリバリのパパ魔王だが、何処かロックな雰囲気。
カットもパンクロック好き。
ロックテイストのブラックユーモアと地獄のダーク・ファンタジー。
如何にもヘンリー・セリックらしい異色の作風。
寧ろよっぽど悪魔的なのは…
生者。周りの大人たち。
学校の神父は経営の為なら悪事をしてまで金を手に入れようとする。
一番の悪者は、町を牛耳っているクラックス社の経営者夫婦。
町を“浄化”して刑務所建設が目的。
表向きは更正プログラムを取り入れた刑務所だが、その実は、犯罪者を多く迎え入れる事で得るお金。更正などせず釈放し、再犯。また迎え入れ…の悪循環。
この夫婦にはある疑いが。醸造所火災は夫婦によるもの。
だが、その証拠や目撃者も居ない。
刑務所建設を押し進めたいが、多数決に満たないのが目下の悩み。
神父と密かに結託。悪巧みを知る神父を殺害。
何処までも非人道的な奴ら!
夫の髪型や容姿やネクタイに服装が、前米独裁者そっくりなのがウケる。
悪魔兄弟が召還された墓地の別の場所に、たまたま神父の墓。
兄弟は“テスト”として神父を生き返らせる。
生き返った神父は悪徳夫婦に兄弟を紹介。その見返りでお金を貰う。
夫婦は死んだ保守派議員たちを生き返らせ、彼らの賛成票で刑務所建設の可決を目論む。
が、決して醸造所火災の被害者を生き返らせるな!
生き返りでもしたら“目撃者”として自分たちの悪事がバレてしまう。
兄弟に約束させ、見返りとして遊園地建設の資金を貰う。
カットとの約束は破る。
後ほどやっとカットと会うが、生き返らせる事は出来ない。裏切られてカットは怒り心頭。
が、同級生男子が兄弟から生き返りクリームを盗み、カットの両親を生き返らせ…。
生者の世界に悪魔がやって来て、死者も生き返り、リアルハロウィン。
小さな町は生者と死者のハチャメチャ騒動。さらに地獄から、バカ息子たちを連れ戻そうとパパ魔王も現れて…!
奇妙でユニークだが、ブラックな味付けもそつなく。
支離滅裂になりそうな所を、町を救おうと奔走し、少女のトラウマ克服、家族愛と巧みに絡め纏めている。
カットに協力するのは、同級生男子と、両親の悪巧みを知った同級生女子。
資金援助は嘘。裏切られた悪魔兄弟。
思わぬ人物たちも。学校のシスターと、謎の車椅子の老人。
実はシスターも“地獄の乙女”。
老人は地獄から召還した悪魔をコレクション。
兄弟を召還させる際に“悪魔の使い”として契るも、それが身を蝕んでいく。
まずはそれに打ち勝つ。
シスターはカットの心の内に潜むモンスター=トラウマを見せ、乗り越え克服させる。
誰しも自分の心に恐怖やトラウマといった“モンスター”を宿している。
それを完全に追い払う事など出来ない。恐怖の感情やトラウマも、我が身と一心同体。
ならば、自分の力で抑え込む。
それは時に辛いけど、必ずやもい一度、向き合わなければならない。
一歩、踏み出す為に。
孤独だった少女。
が、友達と言える存在や仲間、支えを得て、立ち向かう様は、痛快。
あ、勿論、悪徳夫婦の悪巧みと悪事はバレる。
そして本作はしっかりと、家族愛の物語。
自分のせいで死なせてしまったパパママ。
が、両親は決して娘を憎んでおらず、誰かの為、町の為、勇気を振り絞る娘を誇りに思っている。
再会出来たのは、束の間。と言うのも、生き返りクリームには期限がある。
永遠など無い。
あるとすれば、また別れが訪れようとも、永遠に失われる事の無い家族の愛。
それがカット親子のみならず、悪魔親子もきちんと描いている。
生者の世界に現れた事で、パパ魔王の遊園地は崩壊。
新たに造り直さなければならない。
いい設計者や設計案は…?
バカ息子どもと思っていたが、優れたアイデアも持っていた。
ラスト披露する、紙で巧みに作った遊園地の模型の何とファンタスティックな事!
これなら例え地獄行きになっても、快適な地獄ライフが送れそうな…?
でもまずは生者の世界を全う。
学校は更正プログラムを取り入れ、醸造所も再建し、町にかつての栄えと人が戻ってきた。
そして私にはもう孤独じゃない。
友達や仲間、支えてくれる存在がいる。
地獄にだって。
トラウマを乗り越えた第二の人生は、満ち足りたものになりそう。
奇妙なホラーテイストのちょっと不気味なダーク・ファンタジー。
しかしその根底にあるものや一途な想いは、近年のディズニー/ピクサーやドリームワークス、イルミネーション・スタジオよりしっかりしているかも。
好き嫌い分かれる奇妙で風変わりな作風のヘンリー・セリック作品だが、しかしいつも作品にあるのは一貫している。ブレない。
ちょいダークテイストの中にある、ハートフルな温もり。
これがヘンリー・セリックのファンタジー世界。
ED後のオマケ映像も遊び心溢れ、お見逃しなく。