「ヘンな薬は飲むべからず」スパイダーヘッド 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ヘンな薬は飲むべからず
『ソー:ラブ&サンダー』のクリス・ヘムズワース主演で、監督と共演に『トップガン マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキーとマイルズ・テラー。
この夏を盛り上げている話題作に関わっているキャストと監督の別の新作を、Netflixでもう一本見られるとは得した気分。
期待せずにはいられない面子と題材に興味引く。
近未来。孤島にある“スパイダーヘッド刑務所”。
そこでは囚人たちが独房に入れられたりせず、自由に歩き回り、好きな事も出来る。
模範囚たちばかりで、恩赦がある刑務所…?
否。囚人たちは重罪も多い。
それには、ある事と“引き換え条件”が…。
笑いが止まらない囚人。
初対面で第一印象もいまいちの男女の囚人が、一瞬で愛し合う。
はたまた、一定のものを異常に恐怖する…。
ここは精神を病んだ囚人たちが入れられる刑務所…?
…でもない。
ある未知の薬。それを投与されると、感情が目に見えて変化。コントロールさえも。
この刑務所で行われているのは、その薬による人体実験…。
強要ではなく、囚人の“承認”を得て、治験開始。
治験常連のジェフ。
行うのはマッド・サイエンティストではなく、刑務所の管理者スティーヴ。物腰柔らかな男。
関係は概ね良好。トラブルもほぼ無く、治験は行われてきたのだが…。
ジャンルは、SFスリラー。でも、そこまで非現実的な内容や設定ではない。
人の感情を変化させる薬だって、絶対に作れない/あり得ないとは言い切れない。近い将来、あり得るかもしれない…。
SFというより、サスペンス・スリラーとして見た方がいいだろう。
閉ざされた孤島、刑務所内、治験室…限定空間下のシチュエーション・スリラー。
管理者と囚人たち、許可と承認あっての治験だが…、何か起こらない訳がない。
次第に関係に綻びが生じ始める、人間模様。
いい材料を揃えて、極上のSFスリラーに…なれなかった。題材や設定を活かし切れなかった。
まず、この治験が何の為に行われているか曖昧で、それがこの作品自体が何を主として描きたいのか不鮮明に反映してしまった。
「人の役に立つ」「世界を変える」とスティーヴは大言壮語するが、それがどんな風にか見えてこない。
やがてジェフは治験の本当の目的を知り、この刑務所と思われた施設の秘密も知る事になるのだが、期待を煽っといて、期待以上の驚きは無かった。
見せ場となる治験シーン。囚人一人、時には二人に薬が投与され、防弾ガラス越しにスティーヴと彼の助手が変化を監視する。
最も緊迫感が盛り上がらなければならないシチュエーションなのに、今一つ盛り上がらない。
最も危険な薬、治験中の囚人の不慮の死、ジェフの過去、ジェフと心を通わす女性囚人との関係、ジェフとスティーヴの次第に変化していく関係と対立、物腰柔らかに見えたスティーヴの狂気と貪欲…。
これら巧く捌けば第一級のシチュエーション・スリラーになれるものの、どうも既視感があり、秀逸さと斬新さを感じられなかった。
良く言って、よくあるケースのシチュエーション・スリラー。題材や設定は悪くないが、緊迫感も衝撃さも作品の作りなど何もかも、『es エス』に遠く及ばず。
この異質の世界観、設定などは、強いて言うならコシンスキー監督作の中で『オブリビオン』に近い系統の気もするが…、
良質作続くコシンスキーであったが、ちと本作は…。
クリス・ヘムズワースとマイルズ・テラーの演技合戦は一定の見もの。
影を抱えたマイルズもさることながら、好印象と胡散臭さを兼ねたクリスの怪演は、雷神様とはまた違う一面。
ラスト、薬の力などに頼らず、未来は自分で切り開く…なんて最もなメッセージで終わるものの、治験/作品から得られるものは特にナシ。
治験結果は、失敗もしくは肩透かし。
ヘンな薬は飲まない方がいいかも…?