「失われぬ再起と救いの光」ザ・ホエール 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
失われぬ再起と救いの光
まずはブレンダン・フレイザー、おめでとう!
『ジャングル・ジョージ』『悪いことしましョ!』などのコメディ演技、代表作である『ハムナプトラ』シリーズや『センター・オブ・ジ・アース』などでタフなアクション・スターのイメージ強く、『ゴッド・アンド・モンスター』『愛の落日』『クラッシュ』などシリアス演技も見せていたものの、まさか彼がオスカー俳優になろうとは…!
売れっ子人気スターだったが、いつしか見なくなり、売れなくなったのかなと思っていたら、そんな事があったなんて…! まさしく今国内のワイドショーを騒がしている事件の加害者と同じではないか…!
その被害自体にも周囲の冷ややかな反応にもショックを受け、嫌になり、一時期ハリウッドを遠退いたというブレンダン。が、やがて#MeToo運動があって彼の受けた被害も見直され、ハリウッドで再スタートを。
ブレンダンのこれまでの苦難への謝罪と本人自身の勇気を示すかのような、華々しいカムバックとなった。
オスカー受賞はその事も加味されてもあるが、それを差し引いても大イメチェンとインパクトと心身共に難しかったであろう熱演は、圧巻の一言に尽きる。
体重272kgの超肥満体の男。ある理由から引きこもり、過食症となったチャーリー。
ブレンダンの主演男優賞と共にオスカーでヘア&メイク賞も受賞。ブレンダンを巨漢の別人に変貌させた特殊メイクとボディスーツも、肉感から体臭まで伝わってきそうなほどの素晴らしさ。
職業は教師で、オンラインで教えている。ハーマン・メルヴィル著『白鯨』をよく引き合いに。この『白鯨』もモチーフの一つ。
博識深いが、カメラはオフで自分の姿は映さず。性格も決して悪い人ではない。が、何処か憐れで、惨めで、弱く、卑屈で醜い部分もさらけ出す。初登場シーンはその見た目もさることながら、いきなりオ○ニー…!
全身全霊たっぷり体現したブレンダンの熱演は、衝撃と共に引き込まれる。
日常生活も自力では何も出来ない。歩く時は歩行器を使い、落としたリモコンさえ拾えない。
そんな体型故、身体の健康状態は深刻。さらに悪化。
なのに、病院に行く事を頑なに拒否。
自分でも悟っている。余命僅か。それも半年とか数ヶ月ではない。おそらく、後この一週間…。
自分の死期を受け入れ、迫り、それでも男が最期の最期に求めたものは…。
主人公がほとんど身動き出来ない為、彼の自宅ワン・シチュエーションで話が展開していく。
彼と、関わる人物が4人。(つまり、メインキャストもほぼ5人)
看護師のリズ。チャーリーの数少ない友人の一人。
ズケズケ物を言い、サバサバした性格ではあるが、チャーリーの身体を擽って笑わせたりと、チャーリーの体型への偏見は一切ナシ。身の回りの世話から心身共に、チャーリーを支えている。
ホン・チャウが名助演。
たまたまチャーリーの自宅を訪ねた宣教師の青年、トーマス。
以来、幾度か訪ねるようになる。
チャーリーに対し、布教を説くが…。
演じたタイ・シンプキンス、『アイアンマン3』に登場したあの少年だとか…!(『アベンジャーズ/エンドゲーム』のラストシーンで彼は誰!?…なんて言われてたっけ)
チャーリーの元に、思わぬ訪問者。
娘、エリー。
8年ぶりの再会。長らく疎遠。
死期が近い父に会いに来た…? 否。疎遠になった理由は父チャーリーにあり。
父を酷く嫌悪している。見た目を侮蔑したり、罵ったり、ここまで歩いてよと無理を強いる。
チャーリーはそんな娘に貯金を譲るという。エリーはただただそれが目的で父の元を訪ねるようになり…。
新星セイディー・シンクも非常に大きな役回りで、鮮烈さを見せる。
終盤のみの登場だが、チャーリーの元妻役で、サマンサ・モートン。
チャーリーと4人の関係が、物語の展開とチャーリーの行く末に大きく影響及ぼしていく…。
チャーリーに献身的なリズ。
チャーリーには最愛の人がいて、亡くしたばかり。引きこもりと過食症になったのもその悲しみから…。
リズは妹。姉…ではなく、兄はチャーリーと恋人同士だったのだ。
リズはトーマスの事をよく思っていない。その理由もここから。
リズの父は教会の人間。同性愛者の兄に、父や教会は酷い仕打ちをし、兄は自殺した。
リズは兄を慕っていた為、兄を死に追いやった宗教そのものを嫌っていた。奇しくもトーマスは、その教団信者…。
何もトーマスに罪はないが、それでもやはり許せない。今また、その宗教がチャーリーを翻弄しようとしている…。
亡き兄に一時でも幸せをくれたのが、チャーリーであった。それはチャーリーも同じ。
リズが同性愛者で肥満体のチャーリーに偏見がないのもこれが理由だろう。リズはチャーリーの悪い部分も良い部分も知っている。
リズの亡き兄へのチャーリーの想いは一途で美しいもの。
が、それを許せないのが、エリー。
父が男に走った為、母も私も捨てられた。
その後のエリーらの苦労はお察しする。世間皆が全員、決して同情的ではない。父親が娘より男を選んだ…そう嘲笑する者も少なくはないだろう。
エリーの性格が所謂“問題児”になったのもこれが理由だろう。
しかし、チャーリーは信じている。娘は本当は善良な子。
死期迫るチャーリーの望み。娘への贖罪…。
が、エリーの父への憎悪は冷めない。
母でさえをエリーを“邪悪な子”と。
父に睡眠薬を飲ませる。悪行はトーマスにも。大麻を吸い、トーマスにも吸わせる。
トーマスから真実を引き出す。実はトーマスは偽の宣教師。
その告白を録音し、写真と共にSNSにアップ。
人一人の人生をメチャクチャに…。
そうはならなかった。思わぬ“奇跡”が起きた。
SNSにアップされた事で、トーマスは疎遠だった家族と連絡が取れる。
赦し、また家族の元に受け入れられた。
自分を救ってくれたのだ。
娘は、人一人の人生を救った。
それは思わぬ事であっても、やはり娘は邪悪な子などではない。
ダーレン・アロノフスキー監督作故、ハートフルな感動作にはならない。
最後の最後まで、修羅場のような緊張感続く。
チャーリーとの出会いは神の導き。神の教えを説くトーマス。
チャーリーとの出会いで恋人の彼は救われた。が、それ故彼は死んだ。
同性愛は罪。その辛辣さにチャーリーは悲しみと憤りを隠せない。
常連のピザの配達人。気さくに話しかけてくれ、いつもドア越しのやり取りだったが、ある時姿を見られ、偏見の目…。暴食に走るチャーリー。
嘘や隠し事で、リズや元妻と口論。
チャーリーはオンラインのカメラをオンにし、自分の姿を見せる。その上で言う。思った事を正直に書け。
畳み掛けるように一気に身に降りかかった事態と共に、何もかもさらけ出す。
まるで、もう自分の命の灯火が尽きようとしている事が分かっているかのように…。
全てを、正直に。
エリーとの対峙。おそらく、これが最期となるだろう。
チャーリーは娘に赦しを乞う。無論、エリーは…。
その時、あるものがエリーを引き留める。かつてエリーが書いた『白鯨』のエッセイ。
名文学をただ誉めるのではなく、思った事を正直に。
その文才を評価するチャーリー。
人生の最期でチャーリーが望んだのは、娘からの赦しではなかったのかもしれない。
自分は娘に対して酷い事をした。恨まれるのも赦されないのも当然。
娘を信じ、気付かせたかったのだ。
善良な子。優れた子。正直な子。
そしてチャーリーもやっと救われた。
あの白い光はきっとそうなのだろうけど、救いと深い感動に包まれて…。
『レクイエム・フォー・ドリーム』『ブラック・スワン』のようなダークな人間ドラマ、『レスラー』のような一人の男の姿、『ノア』のような宗教観…。
いつも一筋縄ではいかないダーレン・アロノフスキー監督作だが、印象に残る。本作も例外に漏れず。
でもやはり、ブレンダンのカムバックが素直に嬉しい。
インディも最後の冒険に出たように、リック・オコーネルの久しぶりの新たな冒険も見たい。