「「推敲」への幻想」ザ・ホエール Uさんさんの映画レビュー(感想・評価)
「推敲」への幻想
◉書き直したかった男
人が存在することや、生きていくことへの大きな問いかけをチャーリー(ブレンダン・フレイザー)が発していた訳ではなかった……と思う。チャーリーの瞳があまりに深い悲しみを湛えていたから、そんな風に思ったのだが、チャーリーが見つめていたものは、妻子を見捨てた自らの罪悪の浄化。そして娘への償い。嘆き悲しむ巨体の男の魂は、次第に娘と言う小さな点に集約されていく。
同性の恋人ができて妻と娘を捨て、その恋人が死んだショックで引き込もりになって肥満からの多臓器不全になるが、娘に金を残すために治療を拒否。この迷いのない自己犠牲。息を切らせて暗い部屋を這い回るのは、とにかく死期を早めたいがための行為にしか見えない。
しかし、文章や言葉への意欲は遂に最後まで尽きることはなかった。文筆の専門家として教鞭を取っているチャーリーは、教え子たちに「推敲を重ねればエッセイは良質になっていく」と説く。それは一つの妄想がチャーリーを捉えていたからだではなかったか。既に過ぎてしまった人生であっても、自らの悔恨やあからさまな想いを素直に書き綴れば、別の人生に成り変われるかも知れないと言う幻想。
◉白い鯨と部屋の中の鯨
チャーリーが「娘のエリー(セイディー・シンク)にはエッセイを書く力がある」と称賛した、課題エッセイの文意が映画の中ではよく聞き取れず、パンフを買いました。このただのメモ書きにしか思えないようなエッセイに、チャーリーは娘とのよすがを求めていた。
エッセイは「白い鯨を殺すことがエイハブの人生のすべて。しかしその生き甲斐は悲しい。鯨には感情などないのだから。ただ大きく哀れな生き物。殺してもエイハブの人生はよくはならない。私は登場人物たちに複雑な思いを抱いた。鯨の描写の退屈な章にはうんざりさせられた。語り手は自らの暗い物語を先送りする。」と言った内容。
これは『白鯨』への感想を綴ったエッセイであるが、同時にこの作品が訴える暗喩が詰まっているとして……
「ただ大きく哀れな生き物」とは、娘が憎悪と侮蔑の対象にしている現在の鯨(父親)。娘にとっては、チャーリーが鯨の想いについてどれほど説明しようとしても、それは「退屈」で「うんざりした」行為だ。
チャーリーは悔恨の情いっぱいで、過去の鯨を追って仕留めようとしている。だが、殺したところで、何にもならない。「暗い物語を先送り」するように、もう考えるのは止めようと娘が呟く。
娘の思いは厳しくて、救いがなかった。突き放されるチャーリー。けれど、いじましいぐらい控え目に、繰り返し繰り返し娘への愛を差し出そうとする父の姿。
やがて推敲できなかった過去から光が射して来る。そこには妻と娘が居て、チャーリーの魂は光の中に紛れて消えていく。
ひたすらに信ずるだけの者ではなくて、悩み苦しんだ者が救われると言う、やるせ無いけれど納得のいく結末。
見ているのも辛くなるような巨漢であるのに、身体いっぱいに優しい笑みが溢れているようだったチャーリー!
◉リズも大きな安寧の海に沈む
看護師のリズ(ホン・チャウ)がしばしの眠りに就いたチャーリーを、まるでベッド代わりにして寄り添うシーン。見ていて、私もそこに倒れ込めるならそうしたいほどの、安らぎを感じてしまった。何故だったろう。辿り着く先は判っていると言う、諦念込みの安堵感だったのか。
それにしても看護師対病人の関わりを差し引いても、余りあるリズの安らぎ。リズにとってチャーリーの胸に沈むことは、つまり兄のアランとチャーリー二人が居る海に、しばし沈み込むことだったのかも知れないと思いました。
Uさん 遅くなりましたが、共感コメントフォローありがとうございます- ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-
こちらこそたくさんの共感嬉しいです
Uさんのレビューを読んだら、更に深い作品だと感じることができました。素晴らしいレビューをありがとうございます⸜( •⌄• )⸝
コメントそして共感ありがとうございます。
はじめこの映画の紹介文を読んだ時、とてもユーモラスでドラマティックな映画・・・そう思ってみはじめました。
ところが場面はチャーリーの暗くて湿っぽい自室のみ。
哲学問答を学生に向かって講義しつつ自問する姿に予想を大きく覆されました。
エッセイを教えるチャーリーは、
〉「推敲」への幻想
〉自分への悔恨をあからさまに書き綴れば、別の人生に切り替われる
かもしれないという幻想・・・
チャーリーは文章に関わる仕事にほぼ一日中向き合いますね。
そして「正直に気持ちを書くこと」の大事さを重ねて学生にも娘のエリーにも
言っていました。
そしてエリーのエッセイの価値を、崇めるように心のよすがにしてるようでした。
本当に哲学的。
エリーにエッセイを朗読して貰いながら、光のなかへと、
召されていくようなラスト。
だからチャリーはリズにも、私たちにも、エリーにも、
安らぎをプレゼントしてくれたのかも知れませんね。
☆☆☆
この文章はUさんのレビューを読みながら考えたことです。
ラストは救済・・・
私も含めてチャーリーに関わる人全て、そしてチャリーも救われたから・・・
また、リズの気持ちへの考察もなるほどと思いました。鑑賞中はリズにはチャーリーに対する愛情があるのかもとも思いましたが、兄を理解し幸せを共有してくれたパートナーへの信頼をこえた家族愛に近いものだったかもしれないなと。
あの安らぎ感は、そんなチャーリーが死を感じる苦しみから少しでも解放される時間を願い喜ぶ素直な気持ちがもたらしたような。リズと一緒に、危ない場面を回避しほっとしたのを思い出しました。
確かにチャーリーは、余命を考え自分の人生を推敲し、その絞り切った点にいる娘への贖罪(彼女を助けるお金をつくること、文才を認め伝え自信を持たせること、感謝をあらわすこと)をやり遂げましたね。世間への発信ではなく(社会=生徒と繋がっていたパソコンは破壊した。)あくまでも一人の男、父としての生き様の締めくくりとして。Uさんのレビューで、彼の死への哀しみが和らぎました。突然亡くなってしまう人も多い中、ある意味羨ましい。