「彼は恋人との愛と共に沈んでしまうのか。それとも、 娘への愛を梃子に浮上できるのか」ザ・ホエール ジュン一さんの映画レビュー(感想・評価)
彼は恋人との愛と共に沈んでしまうのか。それとも、 娘への愛を梃子に浮上できるのか
長い間離れて暮らしていた娘との絆を取り戻す。
本来なら{ロードムービー}で描くべき主題も
本作の主人公『チャーリー(ブレンダン・フレイザー)』は
そうはできぬ事情がある。
死期が間近はありがちな設定も
270キロを超える巨体は、
歩くことはおろか動くことや呼吸すらままならぬ。
歩行は補助具を使わねば不可能だし、
喘鳴も酷く、時として酸素吸入が必要。
ため、カメラは居室であるアパートの中から
一歩も外に出ることは無い。
ほぼほぼ{ワンシチュエーション}ドラマの体裁。
勿論、彼がこのような体になってしまったのは
怠惰が原因ではなく、
恋人であるゲイの男性が拒食で亡くなってしまい、
その反動から引きこもり、過食に走った結果。
とことん、ナイーブなメンタルであるのだ。
そんな彼を何くれとなく気遣う介護士の『リズ(ホン・チャウ)』だが、
次第に明らかになる二人の関係性は、あまりに悲しい。
窮地に陥っていた『チャーリー』を
布教に訪れ、たまたま救った宣教師の『トーマス(タイ・シンプキンス)』も
ストーリーにアクセントを添える。
物語の発端は至極シンプルも、
主人公が囚われている恋人の死には、
キリスト教的な倫理観も絡み、
日本人には相当に縁遠いし、判り難い。
とりわけ、肉欲を二重の意味
(愛欲と食欲)に使われても、
聖書に詳しくはない我々には
どうにもピンと来ない。
肝心の娘との関係性は一向に進行せず。
自身から会いに来はするものの、態度は傍若無人。
遺産が目当てなのか、それとも
大学の文学の講師であった父の技量を利用しようとするだけなのかも
判然としない。
母娘を捨てて、しかもゲイの恋人の元に走ったことを恨む思いの一方、
想像を絶する姿に成り果てた実父をそれでも救いたいとの感情がないまぜになり、
なんともエキセントリックな行動を取ってしまう。
が、その根底には
(母親も同様だが)分かち難い愛情があり、
それが終幕では父親の魂の救済に繋がりはする。
タイトルは白抜きの「The Whale」と示され、
ここで劇中繰り返しふれられる「白鯨」を暗喩する手の込んだ仕掛けと理解。
『メルヴィル』の小説の主人公『エイハブ』は
結局は「モビィ・ディック」と運命を共にするも、
これは復讐の成就なのかは微妙に思えるところ。
多くの乗員すら道連れにしているわけだし。
いみじくも劇中のエッセイの内容が言い得て妙であり、
過去の呪縛から逃れることこそが
真の救いなのではないか。
とは言えこれも、キリスト教的倫理観ではあるけれど。
それらが詰まったラストシーンと解釈したい。