「愛と偽りの理想郷」ドント・ウォーリー・ダーリン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
愛と偽りの理想郷
誰もが幸せな暮らしを望んでいる。
例えば、1950年代のアメリカのホームドラマのような世界。広大な土地に抱かれたのどかな町、綺麗な家、理想的な夫…。
何もかもが完璧な暮らし、人生。理想郷。
…が、映画で描かれる理想郷には必ず“何か”ある。
若妻アリス。
ハンサムで優しい夫のジャック、穏やかで幸せな毎日。隣人らとパーティーもしょっちゅう。
まさに人生の勝者。ここは、“ビクトリー・タウン”。
やたらとチュッチュチュッチュ、イチャイチャ、延々幸せを見せつける序盤のままだったら即停止ボタンを押していただろう。
が、何処か異様な雰囲気も感じさせる。
空っぽの卵、謎の地震…。
スピーチ好きの町のリーダー格夫婦の何処となく漂う胡散臭さ。
そして、この町に住む4つのルール。
1つ、夫は働き妻は専業主婦でなければならない。
2つ、パーティーには必ず夫婦で参加しなければならない。
3つ、夫の仕事内容を聞いてはならない。
4つ、決して町の外に出てはならない。
どう考えても“何か”ある。幸せそうに見えて、何処か居心地の悪さを感じる。
アリスは当初は満ち溢れる幸せいっぱいだったが…。
ある日、気晴らしにバスに乗って外出。
その時、丘の向こうに飛行機が墜落するのを目撃。が、運転手は何も見てないという。
アリスは墜落現場に助けに行こうとするが、運転手は拒否。
アリスは歩いて向かう。
その丘は、立ち入り禁止の場所。丘の上に、謎の建物。
この時も、以前からもちょくちょく覚えのない奇怪な記憶がフラッシュ。
アリスは気を失う。暗転。
目が覚めると、家に。
ジャックに話すも、全く聞き入れてくれない。それどころか、飛行機の墜落なども無い。
ジャックだけではなく、住人皆知らぬ存ぜぬ。
不可解さを感じるアリス。
その日から、アリスの周囲で異常な出来事が…。
一度町の外に出た事ある隣人奥さん。以来、ヘン。
ある日、彼女が自ら首を切るのを目撃する。と同時に、突如現れた謎の赤服男集団に連れ去られるのを目撃。
が、またもや誰も信じてくれない。
必死に訴えれば訴えるほど、異常者扱い。医師の診察を勧められる。
愛する夫すら信じてくれない。しかも、夫主役のパーティーでの一幕だった事から、激しく責められる。
幸せな暮らしが少しずつ壊れていく…。
私がヘンなのか…? 私が狂っているのか…?
やがてこの町の真実が明らかになっていく…。
見始めの印象やあらすじから真っ先に思い浮かんだのは、『ステップフォード・ワイフ』。未見だが、MCU配信ドラマ『ワンダヴィジョン』。それから『マトリックス』にシャマランの『ヴィレッジ』…。
ここまで挙げれば察しは付く。
夫を説得し、町から出ようとする。
が、町に留まりたい夫は土壇場になって裏切る。激しくは後悔…。
やって来た赤服男集団に連れ去られるアリス。
何処かの施設に隔離され、電気ショック治療。
その時フラッシュバック的に思い出したのは…。
時代は1950年代ではない。現代。
貧しい暮らしのアリスとジャック。
ジャックは無職で引きこもり。病院勤めのアリスが家計を支えている。
生活の為に丸一日働きづめのアリス。クタクタで帰ってくるも、夫は家事を一つもせず。夕食や性欲をねだってくる。
夫婦仲も冷えきっていた。
ジャックはネットであるサイトを見つける。
それは、バーチャル世界で夢のような理想の人生を送る事が出来る…。
アリスを眠らせ、バーチャル世界に参加。
今の悲惨な暮らしから脱却する為。妻や幸せの為。
全ては愛故。
電気ショック治療で“普段”の暮らしを取り戻す。
が、ある事をきっかけに“本当”の人生と自分を思い出し…。
女優オリヴィア・ワイルドの監督第2作目。
前作の青春コメディから一転、異色のサイコ・スリラー。
前作『ブックスマート』は絶賛されたものの、今回は興行・批評共に不発…。一発屋との声も。
まあ確かに優れた傑作とは言い難い。話や設定も既視感あり。よくよく考えれば、ツッコミ所やシュールでもある。ラブシーンもくどいくらい多い。
この世界を創ったのは誰…? 黒幕は…? 謎めいたのが本作の狙いなのだろうが、ちと消化不良…。
しかし、古き良き時代を再現した美術や衣装、白昼夢を見ているような映像、音楽も不穏なムードを高め、ラブストーリー×サスペンスの一筋縄ではいかない作品を創り上げた手腕はただの一発屋ではない。今回の不発で終わらず、女優業と並行して次の監督作は…?
あちらの作品でもこちらの作品でも異様なコミュニティで精神を追い詰められる。その迫真の演技、肉感的なボディやファッションに身を包んだ、さながらフローレンス・ピューSHOWでもある。
ハンサムでありつつ陰滲ませるハリー・スタイルズ、一際インパクト放つクリス・パインやジェンマ・チャン、ワイルドも女優として参加し、一癖二癖の住人ワールド。
愛故…と言えば聞こえはいい。
その愛も偽りだったのか…?
ひとえにそうとは言い難い。
が、独り善がりの欲でもある。
夢破れ、満ち足りぬ人生を送る世の夫たちの願いを叶える。古き良き、尽くす貞淑な妻は時代遅れの愚考。
そんなバカ男どもに反旗を翻す、本作もまた今の世に沿ったテーマ。
私の人生よ! 私の人生を返して!
確かに現実世界は働けども働けども幸せにはならず。それでも“私の人生”。
理想的で夢のような暮らしだが、偽りの世界。私の人生じゃない。
ラスト、アリスは選択を決める。
もし、あなただったら…?
幸せな夢を見続けるか、
自分の人生を生きるか。