「権力の非道 に対抗するのはヒトのちから」ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ かばこさんの映画レビュー(感想・評価)
権力の非道 に対抗するのはヒトのちから
9.11の直後は、世界中で中近東系=ムスリム=テロリスト という思い込みが共有された時代で、この肝っ玉かあちゃんラビエの息子ムラートは時代の波をもろに被ってしまった。
まだ19歳で考えも幼く、大人の洗脳にハマってイスラム教への傾倒が強まってはいたが、彼はただ、パキスタンでモスク巡礼をしていただけ。
アルカイダの疑いがあるというだけで、外国で外国人を捕まえて、自国の、しかし都合によっては外国=米国法が及ばない、刑務所に放り込むことがなぜ合法的なのか。しかも、確固たる証拠もないのだ。
「グアンタナモ」の酷さは、「モーリタニアン」で知った。
その刑務所では囚人の人権が無きに等しかろうが司法が偏ったいい加減なものであろうが誰も手を出せない。なにしろキューバにあるんだから、アメリカの法や条約の適用外なんだから、と言い張ってアメリカ軍がやりたい放題。
息子を取り戻したい一心で奔走するかあちゃんが、元気で厚かましいくらいたくましいおばちゃん(でも当時まだ43歳!)で、このキャラのお陰でなんだか笑ってしまうが、実は大変深刻な話だ。
かあちゃんは藁をもすがる思いで電話帳で見つけた弁護士に突撃、結果的にはこれが良かった。この弁護士に巡り会えたことがラッキーだった。
この一家が、トルコ国籍だったこともマイナスに影響した。
生活拠点でありながら自国民でないのでドイツ政府も他人事、厄介事には関わりたくない。
メルケルが首相になり、彼女が移民を積極的に受け入れ優遇したことを知っている我々、先に大きな光が見えたと思ったが、それも肩透かしだったよう。
実は投獄から2年目でムラートの無実は分かっており、ドイツ政府が一部国民の、テロリストに加担するのかという非難を恐れてあえて放置しており、メルケルさえもその路線を踏襲したように見える。
なかなか進展しない事態にため息が出るが、この夫婦と一家の温かさに救われる。
突っ走る妻を、やり過ぎ、と声を荒げてたしなめる夫、「何もしないくせに!」と夫を非難し叫ぶ妻、でも結局夫は妻の思う通りにさせる。「ミッシング」の夫婦もこのパターンで、こういう夫婦はきっと良い夫婦なんだと思う。
Mr.クルナスは、本来陽気なのに眉間にシワを寄せ落ち込むことが多い妻を慰めようと、突然白い新車のオープンルーフのベンツを買って、一緒にドライブ。「お前が欲しいって言ってたから」夫はそれしか理由を言わないが、ドライブ中の二人の柔和な笑顔にじーんとくる。妻も夫の心遣いを全身で感じている。二人はとっても良い夫婦なのが分かる。
黙って家事をし、母を気遣う次男は健気だし、末っ子もわがままを言わない。せめて自分のできることはする。この夫婦の作った家族だからだろうと思える。ラビエの妹もいい子で、二人は仲の良い、良い姉妹だ。タイプは真逆だけど。
社会正義と一家へのシンパシーを併せ持っている弁護士のベルハルトが素晴らしい。
ラビエとの絆は、温かい同志愛のよう。
この一家の息子は戻ってきたが、戻らなかった多くの人達がいる。
いまだにグアンタナモに収監されている人達がいるとは。
オバマ政権が閉鎖したんだとばかり思っていた。
本当にヤバいテロリストが入っているのか、それとも良い弁護士がつかなかったり、裕福でなかったりする人達なのか。
そして、ムラートは6年もの間不当に収監され拷問までされたのに一切の補償がないとは
エンドタイトルで出てきた、御本人たちが演者にそっくり。
特に弁護士・ベルハルトは本人かと思いました。