「理想主義的価値観とリアリズムのせめぎ合い」コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話 リオさんの映画レビュー(感想・評価)
理想主義的価値観とリアリズムのせめぎ合い
60年代後半から70年代前半にかけて、当時の法律に反して、アングラな組織として人工中絶を実施していた実在の組織、「ジェーン」を題材にした社会派ドラマ。
本作の冒頭でまず目を見張るのは、60年代後半を意識した、当時を再現したかのようなざらつきのあるノイジーな映像表現と、レトロモダンなファッション、そして当時の音楽の数々だ。
重いテーマを題材にしながらも、当時の時代の気運を反映つつ、ポップでおしゃれな作りとなっており見やすい内容だった。
本作の主題である人工中絶について、現在アメリカの複数の州で再び禁止となっているとのこと。この実情を鑑みれば、本作がその反対の立場からのプロパガンダ映画であることは明らかだ。一方で、それが故に、改めて「女性の権利」としての人工中絶の是非について考えさせられる内容だった。
時代背景を考えれば、避妊薬や性教育などが一般化する以前、人工中絶は、女性にとって今よりもより切実な(よりリアルな)社会的課題であったことは想像に難くない。作中でも、20歳前後の依頼者が、妊娠する仕組みもよく分からず、何が何だか分からないと語っていたシーンが印象的だった。
そして、非合法な手段を駆使しながらも、病的な理由、性暴力などの理由、経済的な理由、そして情報弱者として弱い立場にある女性に対して、人工中絶を支え続けたシガニー・ウィーバー扮する「ジェーン」のリーダー、バージニアは、この時代を象徴するリアリストの活動家だ。一方で、それらの医療行為は、決して望ましい姿では無かった。
本作のテーマである人工中絶について、60年代後半~70年代前半のアメリカという時代背景を考えれば、かつての「 白人 男性 至上主義 」の価値観から、現実社会がどんどん乖離し始めてきた時代ではなかっただろうか。公民権運動や女性解放運動もそれらの事例の一つだろう。こうした全体の流れの中で、女性の社会進出や権利が叫ばれ、1973年に人工中絶が事実上の合法化に至ったのだろう。
さて、これらを踏まえて目線を現在の日本に向けてみると、外科手術よりも比較的安全で、世界的に主流となっている「 経口中絶薬 」の初承認が、なんと昨年5月と驚きの事実。これは、先進諸外国と比べて30年ほど遅れており、G7で見れば唯一日本のみが未承認であったそうな。加えて、避妊薬として低用量ピルが承認されたのは1999年と、アメリカに遅れること約40年。フターピルの承認はさらに遅れること10年。
倫理観や価値観、そして前提となる法規制などは国それぞれと思いながらも、この話のオチとしては、低容量ピルは国内で可能性が議論されてから承認に至るまでに40年~50年ほどかかっているのに対して、バイアグラについては、過去に例を見ない異例の速さで国内の承認に至っているという事実だ。
日本はまともな国だと誰もが考えていながらも、諸外国と比較すると、無意識にも「女性の権利」を尊重出来ていない「ガラパゴス化」した国になってしまっていないだろうかと、ふと考えてしまった。