「映画が人を癒すように、自分のために物語をつくる」彼女のいない部屋 f(unction)さんの映画レビュー(感想・評価)
映画が人を癒すように、自分のために物語をつくる
彼女のいない部屋
Serre Moi Fort/ Hold Me Tight
「未来」とは、これから起こりうる事態を予測すること。想像すること。期待をすること。少しの希望を抱くこと。そういう妄想。
「過去」とは、記憶。トラウマ。あなたの痛みとなるもの。
妄想と記憶、そして現実が同相で(区別なく)描かれる中、絵本のようなキャロット・オレンジが「これは演技です」と告げる。
彼女のつくる物語。
痛みを抱えた心が、持ち主に前進を促す過程で生成された、現実の補完。
それを書いては消し、書いては消し。
心の中のイメージが、人間を支え、癒し、糧となる。
まるで映画が観客に希望を与えるように。
物語が心の中に形成されるありさまをそのまま映像にしたようなー。
胸に抱かれた心象を、妄想のままに見せる手腕。
人間の内面への尊重を感じる。
(3月7日、内容を刷新して公開)
・・・
・現実と妄想を同相で描く点
・時間描写を人間の脳内イメージとして包括的に捉えて「時間描写→妄想、脳内イメージ」とスライドさせる点
・脳内イメージを「人間が心の中でつくる物語、行う演技」として捉えることで映画というもののあり方も作品内に収めるという点
以上の類似点から、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『複製された男』を連想しました。
また、脳内のイメージ(物語)に現実が反映されていく点は『二重螺旋の恋人』を想起しました。
ヴィルヌーヴ監督はフランス系のカナダ人で、『二重螺旋の恋人』もフランス作品ですが、これはフランス系の映画らしさなのか、それともフランス系映画の成熟度の高さを示すものなのか。
「映画は現実を補完しながら、観客に希望を与えたり癒したりする」というような映画の本質を捉えながら物語に昇華している感じがあります。