「観客に対する信頼をひしひしと感じる」彼女のいない部屋 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
観客に対する信頼をひしひしと感じる
ここで何かをうっかり語ってしまうと、未見の方の楽しみを奪ってしまうどころか、アマルリック監督の創作意図に反することとなる。彼の狙いからすると、観客が事前に知っておくべき「あらすじ」はほんの僅か。すなわち、ある朝、何の前触れもなく、ひとりの女性が家族に何も告げずに家を後にするーーー。ここから始まるヒロインの行動、どこまでも美しく透明感に満ちた情景を、観客一人一人がじっと見つめ、彼女の心理にしっかり添い遂げることになる。物語は決して線形、時系列には進まない。その上、演じるヴィッキー・クリプスのたたずまいは決して説明的でないどころか、一向に意図が読み取れず、ミステリアス。その状況から何かを察し、受け止めなければならない。劇中を彩るピアノ音に導かれるように、私たちはいかなる道程を辿り、どこへ流れ着くのか。そこでどんな想いが胸にこみ上げるのか。アマルリックの観客への信頼をひしひしと感じる作品である。
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