「荒唐無稽な作戦がクソ真面目に実行されるところが愉快」オペレーション・ミンスミート ナチを欺いた死体 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
荒唐無稽な作戦がクソ真面目に実行されるところが愉快
とても面白かった。登場人物が多くて複雑な物語の印象はあるが、少し整理すれば簡単な筋書きだということが解る。簡単すぎてつまらなくなるのを防ぐために、コリン・ファース演じる主人公ユーエン・モンタギューの家族のストーリーや同僚のチャールズ・チャムリーとの友情の浮き沈み、それにケリー・マクドナルドが演じたジーン・レスリーとの淡いラブストーリーを加えて、ストーリーに厚みを出したのだろう。
架空の少佐であるビル・マーティンと彼の架空の恋人パム。パムの写真として自分の古い写真を提供したジーンが、パムに感情移入して乙女のような恋心を募らせていくところがとても微笑ましい。女性はいくつになっても乙女なのだ。
それにしてもコリン・ファース61歳、ケリー・マクドナルド45歳である。大人同士もいいところだ。一般的なラブストーリーをかなり超えた年齢の恋愛を描くということは、イギリスもフランスみたいに恋愛におおらかになりつつあるのかもしれない。ただ、ユーエンに妻子がいてもフランス女性なら少しも気にしないところだが、ジーンはかなり気にする。この辺はイギリスも日本と同じく性の自由の後進国だということを表現しているのだろう。それにユーエンとジーンの関係が深くなるとチャムリーとの信頼関係が壊れてしまうから、ストーリーに支障をきたす。そこでこのラブストーリーを物語の味付け程度にとどめたのだ。
イギリス側は連合軍も合わせて一枚岩だが、ドイツ軍は必ずしもそうではない。ナチス諜報部のボスがヒトラーの失脚を狙っているのだ。確からしい偽の情報が彼に届いたらどうなるのか、マトリックスで考えれば結論が出る。ボスが偽の情報を信じるか、信じないか。情報をヒトラーに伝えるか、伝えないかである。
イギリス側は、ヒトラーがそのボスに絶大な信頼を置いていると考えているが、その見方は少し安易すぎる。ヒトラーはたとえ側近であろうと躊躇せずに粛清する。そして諜報部のボスはナチスの高官だ。日本で言えば高級官僚であり、つまり役人である。役人の本質は既得権益の拡大と保身だ。ボスはヒトラーが自分を切り捨てる可能性があることを常に意識している。
ボスが死体の情報を信じた場合、ヒトラーに伝えるとドイツ軍はギリシアで連合軍を迎え撃つことになる。ヒトラーの失脚を狙うためには伝えないほうがいいが、情報を握りつぶしたことはいずれバレるから、自分の立場が危うくなる。ボスはヒトラーに伝えるだろう。するとシチリアが手薄になって、連合軍の上陸が成功する。
ボスが情報を信じなかった場合、ヒトラーに伝えると、ヒトラーは偽の情報に騙されてシチリアが手薄になり、連合軍の上陸が成功する。情報の中身が嘘でも、情報そのものは本物だから、自分の立場が危うくなることはない。ヒトラーに伝えなければドイツ軍はシチリアで連合軍を迎え撃つから、連合軍の上陸は失敗するが、この場合、ヒトラーの失脚が遠ざかる。やはりボスはヒトラーに伝えるだろう。
つまり、どう転んでも、ドイツ諜報部のボスは死体の情報をヒトラーに伝えるのだ。そしてヒトラーは諜報部の見解よりも自分の判断を常に優先する。客観的事実に基づいて判断する限り、死体の情報は真実だと思える。ユーエンたちの作戦はそれほど緻密だったのだ。
ユーエンは作戦は成功すると上官に報告する。その理由を聞かれて「私の直感だ」と答える。上官は、連合軍の上陸作戦をお前の直感に委ねるのかと激怒する。史実はわからないが、本作品においては、ユーエンの直感は正しかった。死体の情報がドイツ側に渡った時点で、作戦の成功は100パーセント約束されていたのだ。そしてチャーチルはどうやら、上官の見解よりもユーエンたちの報告書を信じたようである。
複雑に見えて実は一本道の物語だが、こういう荒唐無稽な作戦が大人たちによってクソ真面目に実行されるところが非常に愉快である。アメリカ人だったら会話の中で「fuck」や「fucking」や「goddamn」を多用するところだが、本作品の登場人物はそんな汚い言葉はまったく使わない。そこもイギリス人らしくていい。