「モリコーネにゆかりある大勢の著名人が出演し、関わった名作約50本が引用されて、映画の神髄を伝えてくれる作品。」モリコーネ 映画が恋した音楽家 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
モリコーネにゆかりある大勢の著名人が出演し、関わった名作約50本が引用されて、映画の神髄を伝えてくれる作品。
映画音楽の分野で、史上最も大きな存在といえば、おそらくモリコーネだろう。イタリアの生んだ巨人である。後進への影響は計り知れないといわれます。
美しい旋律と 作品に合わせ、タッチや印象を変えながらも、流麗なメロディーを聴くと、エンニオ・モリコーネ(1928~2020)の作曲だと分かります。500作を超える映画、テレビ音楽の作曲に携わり、2020年に亡くなった巨匠、映画のことを知り尽くしたマエストロ。本作は、そのエンニオ・モリコーネの生涯と足跡をたどったドキュメンタリーです。
全編にわたり、その手がけた音楽が流れます。2時間37分のボリュームに加え、中身の充実ぶりにも驚かされる一作です。これほど濃密で格調の高い作品はそうそうあるものではありません。何ともぜいたくな時間でした。
監督は「ニュー・シネマーパラダイス」(88年)以来、全作品でモリコーネと組んだジュゼッペ・トルナトーレ。本作はモリコーネの指名だったそうです。
モリコーネは1928年ローマ生まれ。父の勧めで幼少期にトランペットを始め、さらに音楽学校でクラシックを学び、作曲家ゴッフレード・ペトラッシに師事したのち、編曲者として成功を収めた青年時代。幼なじみのセルジオ・レオーネ監督と組んだクリント・イーストウッド主演のマカロニウェスタン「荒野の用心棒」(1964年)の音楽で一躍脚光を浴びました。そしてコヨーテの遠ぼえにヒントを得た「続・夕陽のガンマン」を始め、「ミッション」「アンタッチャブル」など500を超える映画やテレビ音楽を手掛けてきました。07年、米アカデミー名誉賞受賞しました。
映画はモリコーネ自身のインタビューを中心に進みます。代表作のみならず「アルジェの戦い」「殺人捜査」「歓びの毒牙」といったマニアックな作品にも言及しているのがうれしいところ。
既成曲を使うのを嫌ったこと、クラシックを捨てて商業音楽に走ったことへの苦悩(若い頃、モリコーネにとって映画音楽の作曲は、屈辱的だったという。)、そのため何度も映画をやめようとしたことなど、意外な真実が本人の口から語られます。そして世界の超一流映画人が次々登場し、彼について語る。イーストウッド、レオーネ、タランティーノ、ベルトルッチ…。「今回、出演を依頼した人たちは全員喜んで応じてくれた」とトルナトーレ監督。「出ていない人がいたとしたら、それは私が依頼していないんです。今でさえ十分に長くなっていたのでね(笑)」
クエンティン・タランティーノ、ペルナルド・ペルトルッチなど、モリコーネにゆかりある大勢の著名人が出演。
監督や俳優だけではありません。ブルース・スプリングスティーンらミュージシャンも数多く登場します。今の映画音楽を引っ張るジョン・ウィリアムズとハンス・ジマーも出演していました。
ジマーはモリコーネの『ウエスタン』を見て、映画音楽を志しましたそうなのです。ウィリアムズもモリコーネと固い友情を築いてきました。2人から本当に素晴らしい話にも注目です。
それにしても、モリコーネの代表作の1本 「ニュー・シネマーパラダイス」に対する言及が意外に少なかったことが少々不満です。でもトルナトーレ監督は自分の過去の作品を長々と紹介するのは、おこがましかったのでしょう。ちなみに製作当時のトルナトーレは無名監督でした。100%断られると思いたそうです。プロデューサーが『まず脚本を読んでくれ』と脚本を渡したら、『絶対やるよ』と言ってくれたのだとか。それでモリコーネは映画音楽を辞めることも翻意したとも。
この作品の特色は人物像の探求が旺盛なことです。一人ひとりのコメントが印象的でした。そして作品の秘密に触れていることです。例えば、彼は若いころ実験音楽を試みていて、後年の作品に、反骨、先鋭、果敢が潜んでいたことが知せされました。さらに、映画の引用が多いこと。皆さんもきっと「荒野の用心棒」のあの口笛が流れたとたん胸が高鳴ることでしょう。それだけでなく、なんと「ミッション」(86年)など懐かしの名作が50本余も登場するのです。
そして逸してならないのは、その引用だけで映画の神髄を伝えていることです。真の映画は、目を奪うのではなく、魂を奪うのだ、と思い知らせてくれました。ラストの膨大なカットを高速で繋いだ高揚感は格別です!
さて、最大の協力者を失ってトルナトーレ監督は今後どうするでしょうか。「彼は唯一無二。別の作曲家に同じような音が欲しいと頼む気はありません。私か作る物語に、新がしい音楽を付けてくれる作曲家を探します。」トルナトーレ監督と新しい才能が出会えることに期待したいですね。
最後にモリコーネが冒頭、カーペットに寝転んでストレッチする姿こそ映し出されるものの、暮らしぶりが見える場面はほぼありません。仕事人としての側面にフォーカスしたドキュメンタリーゆえの満足感が得られる1本。口ーランド・ジョフィ監督の「仕事中の彼はアスリートのよう」という言葉に納得できました。