「私は、生きた」生きる LIVING 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
私は、生きた
黒澤明監督の『生きる』のリメイク。
黒澤映画と言えば時代劇が人気だが、現代劇でも名作多く、中でもオリジナルは黒澤ヒューマンドラマの最高傑作。『七人の侍』などを抑え黒澤のベストムービーに挙げられる事も。
私もオリジナルは大好き。それは世界中だって同じ。
この愛され続けるオリジナルをリメイクするなんて相当なプレッシャー。しかし本作は、その高いハードルに成功したと言っていい。
基本的な話は同じ。
無欠勤無遅刻無早退、真面目だけが取り柄だが、無味無色の人生を送る市役所市民課の課長、初老のウィリアムズ。ある日、癌で余命僅かと宣告され…。
初めて仕事をサボり、酒を飲んだり夜の街をさ迷うなどするが、満たされない。やがて元同僚の若い女性との再会、市役所でたらい回しにされていたある案件に人生最後の情熱を見出だす…。
あの語り継がれる名シーン、夜の公園で歌を歌いながらブランコに乗るシーンも勿論。変に逸脱せず、オリジナルへの誠意溢れたリスペクト感じる。
とは言えリメイク。そっくりそのままだったらやる意味は無い。アレンジこそ注目。
戦後のイギリスに舞台設定変更は前提として、職場に新人公務員を配置。彼の視線でも語られる。
オリジナルではもっと希薄だった親子関係だが、息子の父への思いを加味。終盤のあるシーンで活きてくる。
ブランコに乗って歌う歌。心染み入る「ゴンドラの唄」からスコットランド民謡「ナナカマドの木」へ。初めて知った曲だが、この変更はいいと思う。幾ら名シーン再現とは言えイギリス人が日本の歌を歌うのは違和感ある。その国その人、それぞれの思い出の歌がしみじみさせる。
これらアレンジや変更点が、単なる焼き直しじゃなく新たな魅力や意味をもたらしている。
オリジナルの志村喬は比類なき名演。映画史上最高の演技と称えられるほど。
こちらも比較は避けられないがしかし、ビル・ナイの演技も素晴らしいの一言に尽きる。
ナチュラルな演技やコミカルな演技やエキセントリックな演技や変幻自在のカメレオン役者だが、実直さ、不器用さ、哀愁、悲しさ、温かさ、優しさ、人生最後に燃やす生きる事への意味…。これらをしみじみたっぷり滲ませ、漂わせ、絶品!
オリジナルではもっと小心者で不器用だったが、少しお堅くも英国紳士に。これ、意味ある設定。
もっと無口で口下手だったが、オリジナルと比べると少し饒舌に喋る。
これらもその国の性格や演者のキャラが反映されたと言えよう。
リメイクでビル・ナイが演じると聞いた時果たして合うかなと思った不安は一蹴。さすがの名演技巧者!
ノーベル賞作家カズオ・イシグロが脚本を担当した事も話題。
日本長崎で生まれ、早くにイギリスへ移住。それからずっとイギリスで暮らし、話す言葉も英語らしいが(日本語がもう上手く喋れないと何かで聞いた事ある)、それでも幼き頃の日本の思い出は心に残っているという。故郷の風景や映画など。
オリジナル・リスペクトとリメイク・アレンジの巧みさは、日本とイギリス双方で生まれ育った氏だからこその手腕。勿論作家としての語り口の巧さも光る。
イギリス人でも日本人でもない、南アフリカ出身のまだ若い30代という監督オリヴァー・ハーマナス。イギリスや日本への先入観なく、ただただ純粋に人生を見つめる。誠実な演出も好感。
映像・音楽・美術・衣装も美しい。
個人的に気に入ったのは、まるでクラシック名作のようなOPクレジット。これだけでスッと作品世界に入っていってしまった。
オリジナルは今も尚愛され続けている。
このリメイクも新たなファンを獲得。
何故この作品は、こんなにも見る人の心を捉えるのだろうか。
きっとそれは、古今東西普遍的なテーマが込められ描かれているからだろう。
自分の人生への意味。自分の人生は何だったのか…?
今付けられたあだ名は“ゾンビ”。生きているけど死んでるような…。
昔はこうじゃなかった。もっと光り溢れ、生き生きとしていた。
そうだ。私は紳士になりたかったのだ。
きっかけは妻との死別。以来、空虚さや生きる意味をも失い…。
波風立てず。事なかれ主義。
そんな私にとって、勤める市役所はぴったりの“墓場”。
面倒な事はたらい回し、後回し、忘れ去る。市役所の官僚主義は昔も今も何ら変わっていない痛烈な皮肉。
これが、“紳士”なのか…?
そんな時、元同僚と再会。周囲や当人からあれこれ陰口囁かれ、変に思われるが、本人の思う事は至って真摯。
若く輝く君を見て、憧れた。私にもそんなかつてがあった。
それはもう失われたのか。取り戻せないのか。
いや、そんな事はない。何かをする事に遅いか早いかなんてない。大事なのは、それをやるかやらないか、だ。
人生最後に捧げた公園作り。決して大それた事じゃない。後生に残る偉業でもなく、いずれは忘れ去られる。
市役所の上役は手柄を横取り。同僚たちもウィリアムズ氏の最後の姿に感銘を受け見習おうとしたのも、最初の口だけ。結局…。
意義や意味、私は何を変えたのか…?
わざわざ説明する必要もない。
お偉い人たちには無関心でも、尽力してくれた人たちからすれば永遠に忘れない。
見返りや称えなど求めない。ただただ、それが私が今出来る事。それをやっただけ。
それが、人だ。紳士だ。生きるという事だ。
そこに幸せを見出だした。最後の瞬間まで、それに包まれて。
余命僅かの者が死にゆく物語じゃない。
死を前にして、見つけた誇りと証し。
私は、生きた。
こんばんは♪
共感していただきましてありがとうございました😊
wowowで話されていたのですが、
レストランかな?監督とカズオイシグロさんがテーブルで話していたところに、主役の名優が通りかかり、『生きる』のリメイク作品作ろう、となってできた作品らしいです。詳しく解説していただきましてよくわかりました。
あの歌もいいですね。名優だと様になるし、さすがと思いました🦁